第7話 害獣退治と行政の闇

「和尚!和尚!大変です!猪が畑を荒らして……!」


寺に駆け込んで来たのは町人の又吉だった。

肩で息をし、泥だらけ長靴が気持ちの慌ただしさを物語っている。


境内の石段にどっかりと座り込んでいた白骨和尚が、悠然と頷いた。


「ふむ……猪対策はキウイの皮と決まっておる。」


聞いていたれんが、思わず聞き返した


「なんでですか?! いやいやいや、もっとこう、罠とか柵とか……!」


しかし和尚はすでに行動を始めていた。

蓮が呆気にとられる間に、和尚は倉庫の片隅から園芸ポールを引っ張り出し、

その場でキウイの皮を器用に剥き、次々とポールの先に突き刺していく。


「……見よ、蓮。これが人間の叡智じゃ。出かけるぞ!」


◆◆◆


夕暮れの畑に、串刺しのキウイ皮が並ぶ。

そして和尚はポールの列の中央で胡座をかき、じっと待機した。


夜の帳が降り、草のざわめきの中から「ぶひっ、ぶひっ」という鼻息が近づく。

暗がりに猪の影が現れた。


その瞬間――

和尚の目が怪しく光った。


「よいか、猪よ。人間は怖いぞ。皮を剥かれ、串刺しにされるのが嫌なら、二度と畑を荒らすでない。」


その低く響く声と、串刺しのキウイ皮の列。

猪はガタガタと震え、尻を地につけ、ブシュッと情けない音を響かせた。

そのまま失禁し、踵を返して一目散に闇に消えた。


以後、猪が畑に現れることはなかったという。


「……和尚、もしかしてキウイじゃなくても良かったんじゃ……?」


蓮の呟きに、和尚はにやりと笑った。

「なに、蓮よ。煩悩を串刺しにするも、猪を諭すも、心の持ちようじゃ。」


和尚は串刺しにしたキウイの皮を片付けもせず、顎髭に手をやり、しみじみと呟いた。


 


煩悩寺に帰ってきた和尚、寧々子の入れたお茶を飲みながら呟く。


「しかしのぅ……害獣対策の要といえば、やはり猟友会の皆さんじゃ。わしも町役場のお偉いさんに駆除料の値上げを働きかけるとするかの。」


蓮が尋ねる。


「やっぱり町長とかと知り合いなんですか?!」


和尚は口元――いや、骨の隙間をにやりと歪めて答えた。


「町長とは会ったこともないわい。じゃが……任期継続九十年の町議会長とはツーカーじゃて。」


「……九十年……?!」


蓮は一歩引き、額に冷や汗が滲むのを感じた。


「それ、老害を通り越して妖怪じゃん!……って!」


言い終えた瞬間だった。


和尚とその後ろに控える寧々子を見る


蓮は背筋に寒気を覚えた。


「この町……妖怪に牛耳られてんじゃん!」


蓮は笑ったような燐光を放つ和尚に問いかけた。


「……で、和尚は……何の妖怪なんですか?」


骸骨の和尚は、まるで待っていましたとばかりに胸を張った。


「リッチじゃな。」


その一言に、蓮の頭の中で何かが崩れた。


あの骨と袈裟と煩悩にまみれた言動……すべてが一気に“異世界モンスター”のカテゴリに突き刺さった。


「リッチって……リッチってあれでしょ?!西洋ファンタジーのモンスターじゃん!!」

絶土町ぜっとちょうって日本の片田舎って設定じゃなかったんですか?!世界観どうなってんの!!」


和尚は燐光を「^」にして再び笑い、

夜風に乗せてぽつりと呟いた。


「世界観なんぞ、煩悩の前には塵芥よ……。」


蓮はもうツッコミ疲れて、その場にへたり込んだ。

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