第11話
フルアルバムが出来たのは結局四カ月後だった。最期の微調整をミキサーさんにしてもらっている時はドキドキものだったが、お終い! と手を上げられた時には思わずハイタッチしてしまった。四か月土日なしで作って来たアルバムは、デザインは同時発注だったのですでにできている。後は手作業で(!)プレスされたものを入れて行くだけだ。取り敢えず五十枚。弱気な数だと倭柳には言われたが、余るより足りない方がましだろう。
隆介のデビューも加わったアルバム発売ソロライブは、二か月後に三百人の箱でやることになった。やっぱりアルバムが足りないんじゃないのか、と言われたが、そんなに一気に全部はけることもないだろう。まずはライブから入って、隆介の音を受け入れてもらうところから始めなくてはならない。
ライブは十波ヶ丘の学園都市内で行うことになった。生徒の鬱憤発散も兼ねているので、激安で箱が借りられるからだ。隆介はちょっとばつが悪そうにしていたけれど、化粧をしてしまえば分からないだろう。コンタクトレンズにもするし。髪もセットすれば、まず分かるまい。
化粧の仕方はマネージャーさんからレクチャーを受けた。それは俺も一緒だ。いつものように魔王スタイルでいる訳には行かないので、今更になって化粧品を買うことになる。今までの青白いのは? と霧都に問われて、メーカーが絶版にしちゃって、と嘘を吐くことになってしまった。魔王絶版。笑えない。
でもこいつらに迷惑をかける事は出来ないし、瘴気の発散はしっかり制限しなくてはなるまい。羽も出せないのは窮屈だが、どうせいつもしまいっぱなしなのだ。たまに部屋で広げるだけで我慢しよう。それも共同生活のマンションに移ったら加減しなくてはならないだろうが。ちなみに隆介はちょっと引っ越しビンボーになってしまうが、共同生活には賛成だそうだ。部屋さえ分かれていれば問題ないらしい。それに全部屋防音だから、夜中まで練習もしていられる。もっともエレキなら、そもそもヘッドホンで大丈夫なのだが。
ちなみに食事作りも一人暮らしに一日の長がある隆介が引き受けてくれた。毎日自分の弁当を手作りしている霧都もだ。俺はやったことがない。純怜は目が不自由と言うことで、そう相成った。俺って案外何にもできない。作詞作曲は隆介にも出来るし。
そう。いつもと毛色の違う隆介の音楽を受け入れてもらえるかが、問題なのだ。俺とは似ているようでちょっと違う。恋の苦さを混じらせたロックビート。俺の基本ちゃらんぽらんな上辺だけのラブ&ピースなんかより、よっぽど深い。でも歌うのは俺だし演奏するのはFairy taleで間違ってない。だから大丈夫だろうと、半ば信じ込もうとしているところがある。信じるものは救われる。魔王でもかなあ、と、うーん悩んでしまう。
このアルバム発売イベントは、ソロライブなので、いつものように他のバンドのお客さんと言うのは入らない。それも俺の頭を重くさせていたが、告知と同時にソールドアウトしたのは驚いた。半年もたったら忘れられてるかも、なんて思ってた所為もある。亜弓とジル兄には先にデータを渡してどう思う? とお伺いを立てていたが、すっごく良いと思う、と言う身内の言葉はあんまり信じ切れていなかったのだ。
かくして十二月二十三日。年の瀬で込み合う仲、バンドのマフラータオルを掛けた人々が箱に入って来る。いつぞやもいじめっ子も、物販でアルバムを買ってくれたのが舞台の裾から見えた見えた。ブルー系のアイシャドウに真っ赤な口紅、と言うとちょっと宝塚歌劇みたいだが、悪いもんでもないと言うのが俺の感想である。隆介は髪をセットして、化粧もバリバリで、こっちも良い様子だった。白い。ヴィジュアル系と言ったら白塗りだと思っている俺達はちょっと間違っているかもしれない。まあ、地黒の霧都なんかはマットメイクでそれを隠しているけれど。純怜はギラギラだ。ラメ使いまくり。でも不思議と似合っている。眼帯がちょっとゴスっぽくて、アクセントにもなっている。
そう言えばボゥイーも過去の負傷で両目の色が違うんじゃなかったっけな、なんて思い出しながら、イントロダクションが響いて来る。わああっとやっぱり魔族率が高い中、俺達はそれぞれステージに用意されていた楽器に寄って行く。一人多いのに気付いた人々が、ざわついていた。トチるなよ隆介、この程度のプレッシャーで。
「みんな久し振り、愛し合ってるかーい!?」
「いぇーい!」
「今日はみんなと愛し合ってくれる奴が一人増えてまーす」
「おおー」
「ギター、リュー! 純怜は今日からベースです! アルバムもこの編成でーす」
「おー!」
「ではリュー、一言どうぞ」
うえっ!? っとコーラス用のマイクに声を拾われて、笑われる隆介である。えっと、あの、と言って、
「僕の事も愛してねー!」
けらけらけら。
笑いを買った所で、新曲からお披露目だ。これは俺がいつも通り作った奴なので拒絶反応も少ないだろう。案の定箱は温まり、次の隆介の曲にも自然にスライドすることが出来た。そのバラード的な失恋ソングは熱狂こそ呼ばないものの、静かに受け入れられている。良かった、と思ったところで、次は馴染みの曲だった。緩急付けて、馴染みと新曲と隆介の曲を合わせて行く。熱狂は計り知れない。案外本当にCD五十枚じゃ足りなかったかな? と思うほどだ。
でも浮ついちゃいけない。瘴気だって出っぱなしにならないようにしないと、『勇者一行』はどこで何を見ているか分からない。それを考えると、いつもより控えめな俺である。羽も出してないし角も出してない。うずうずしているけれど必死に抑え込んでいる。
あー、力いっぱい歌いたいなあ。セーブしたロックなんて詰まんねえよ。リハの時もそうだったけれど、俺はやっぱり歌いたいんだなあ。歌が好きな魔王なんて言ったって、笑われるだけか? 魔王の癖に、って言われるだけか? でも俺は歌いたい。突き抜けて行け、喜びの歌。沈み込んで行け、悲しみの歌。包み込んでいけ、楽しみの歌。
総勢十曲を歌い終えると、汗だくだった。だけどマネージャーさんが用意してくれたルースパウダーは顔から汗一つ漏らさない。なんでもフィギュアスケートの選手なんかが使う、舞台用の物らしい。だけに小遣いにはきつかったが、結構入ってたから持つだろう。夏は完全活動休止、春から数えてまたコートの季節がやってきている。ひらりひらりと裾を舞わせて、最後に純怜と隆介がウッドベースとアコギに持ち替えた。
「それじゃあ最後、wind with wind! 愛でぐるぐるになってけー!」
わああっと声が上がって、俺達はなんとかワンマンライブを終えることが出来た。
CDは即刻ソールドアウト、次の版が掛かることになったらしい。
嬉しい誤算だが、いえー! と俺達はハイタッチし合いながら喜んだ。
そしてそろそろ打ち上げに行こうか、と言うところで、入り口にコートでもこもこの影とすらっとした長身を見付ける。
もこもこの方は亜弓で、長身の方はジル兄だった。
久しぶりに生で見るジル兄に、俺は突進していく。
「ジル兄ー! 時間差じゃないジル兄だー!」
「ジル兄! そっか、クリスマス休暇!?」
「そう。飛行場から遠いのだけがネックだよな、この学園都市も」
くすくす笑うジル兄は、俺達それぞれにクリスマスカードを渡す。イルからだ、と言って。結局また寝てるらしいイルは、来てくれなかった。どうせならイルが起きてる時に箱を借りられれば良かったんだけど、いつになるか分からないと言われたので、クリスマス寸前のこの日に決めてしまったのだ。流石の学園都市の寮生も、イヴには実家に帰ってしまうだろうと思って。それでも大分、ぎりぎりだが。
亜弓はけっこう緩いご家庭に引き取られたらしく、今日は日付変わっても大丈夫! とはしゃいでいた。ジル兄と並んでいると、良い感じのカップルに見えるので、俺はその肩を抱き寄せる。ぼんっと赤くなった亜弓は、俺の初恋であることをもう少し自覚して欲しい。おかげで詩が五枚溜まった。どれも恥ずかしげのないラブソングだ。
ラブ&ピースは俺担当、セックス&ドラッグは隆介担当、となんとなく決まってしまっている。だって隆介、意外と歌詞が派手。こんな大人しくて『僕』とか言ってるくせに、歌詞が派手。
素朴なFairy taleファンがいたとしたらお別れだろうけれど、でも俺の歌がそんな差には負けないと思っているので、ここは胸を張って行きたいところだ。打ち上げへ。ジル兄はクレジットカードを取り出して、これで良いだけ飲み食いして来いってさ、と言う。打刻された文字はSHIZURU MIZUHARA。しかもブラックカードだった。そう言うものは貸し借りしちゃいけないんじゃないのか。思いながらも、バーに連れ込まれる俺達である。
学園都市は大学生もいるので、こういう場所もあるのだ。私立十波ヶ丘大学付属高校、だからな、亜弓が通っているのは。十波ヶ丘大学の方も含まれているのだ。たまにはしっとりした打ち上げも良いか、チョコレートリキュールが掛かったバニラアイスを食べながら、火照った身体を冷ます。んー、バニラうまー。やっぱアイスはバニラに限る。そこに更にチョコレートリキュールだ、大人のお味。むふー、としていると、ジル兄にくつくつ笑われる。身長は俺より、ちょっと高いぐらいらしかった。スツールに腰掛けた座高から察するに。
チョコレートパフェを食べるリュー、カプチーノを舐める純怜、エスプレッソを傾ける霧都、キャラメルマキアートを啜る亜弓と、俺達はバラバラだった。しかしパフェもあるバーとは珍しい。って言うか頼む奴も珍しいんじゃないだろうか、こんな時間に。太るぞ。いや俺も人のこと言えないけど、アルバム収録で三キロぐらい減ったし、良いだろ。良いに決まってる。
「アルバムの構成も今回のライブの構成も良かったぞ。誰が考えてるんだ?」
「あ、俺っす。一応リーダーなんで、曲の傾向とか緩急付けてやってるつもり……です」
「何で一応なんだよ」
「だって俺殆ど何にもできないし」
「部室はお前んちだと言っても良いぐらいなんだぞ。ジル兄、霧都んちって音楽室があるんだぜ。両親も音楽好きで、俺たちの活動に協力的なの。吹奏楽部とか合唱部とかが音楽室使っちまうから、結構重宝してんだー」
「へぇ……すごいんだね、霧都くんのおうち。私もピアノはやってるけれどアップライトで自室だよー」
「お、エイミも楽器やってるのか。いっそバンドに入れて貰ったらどうだ? よりどりみどりだぞ」
「それはダメ」
きぱっと言うのは隆介である。
「……鍵盤系は、やって欲しい人がいるから。その子以外に、僕の曲は弾いて欲しくない……」
バナナをもっもっと食べながら、珍しくかたくなな姿勢を見せる隆介である。
「なんだ? 恋人か?」
「そこまでは行けてなかった……と思う」
「否定はしないのな。お兄ちゃんがいない間に随分と大人になっちゃって、みんなってば。エイミは水疱瘡の痕殆ど消えて良かったな」
「あぅ。ジル兄、十年以上前の事だよー。それにお化粧で隠してるけど、目の端にまだ一個残ってる……」
「顔は凹むよな。俺も思春期でニキビで来た時は大変だった」
「僕もー。幸いすぐに皮膚科に行かせてもらえたけれど、治るまで大変だったよー」
「皮膚科って行っても良いんだ。俺自力で直したよ、化粧水とかクリームとか使って」
「いや純怜それも贅沢だからね? 俺なんて洗顔だけでどうにかしたぞー」
「霧都くんが一番強いな。ははっ」
「ジル兄は出来なかった、思春期ニキビ」
「残念ながら出なかったな。運動もしなかったし。お抱え運転手が朝は送ってくれた」
「え、何それ、イルに乗っかったってこと?」
「いや、同じ学校の応援団長に無理やりチャリに載せて貰った。お目覚めすっきり登校」
「ニケツは道交法違反っ!」
「俺って生徒会長様だったから。ちなみにここの付属中学のな」
「えーっなんでジル兄そんなこと教えてくれないの!? 私高等部からだったから全然知らなかった!」
「はっはっは。高等部上がるころはシアトルだったからな。ここの学園都市と姉妹都市締結してる地区があってな、そこで大学生だ。高校は完全にスキップした」
「じゃあ来年には日本に帰って来るの? ジル兄」
「いや、ちょっとやりたいことがあるからまだ暫くは向こうかな」
「ちぇー……ジル兄は私たちより好きなものが出来たんだ」
「寂しいよなー、せっかく揃ったのになー、教会孤児院。シスターとファーザーだけはイルにも見付けられてないらしいけれど」
「案外国に帰っちゃったのかもね。シスター・ルイーサ。ファーザー・フロウ」
「フロウ……フロレンシオ、だっけ? 名前から察するにスペイン系かな」
「だったらアメリカの可能性もあるー……見付けらんないよそんな世界規模……」
しょぼーんとする亜弓はくるくると生クリームをコーヒーに溶かして行っていた。ヒスパニックの可能性か、それは俺も考えなかった。金髪に銀色の目をしたファーザー。銀髪に金色の目をしていたシスター。何もかも正反対だったのに、ぴったりと吸い付くように相性の良かった二人。両親とも呼べる相手。
そうだ、と霧都がぱちんと手を叩く。
「そのうち二人も酉里の家に行けば良いと思うよ。リューが泣き出すぐらい、シスターさんの味のカントゥッチーニ作ってくれるから」
「カントゥッチーニか。懐かしいな。あれでコーヒーの苦みを克服したんだっけ、俺」
「私もー。でもユーリの住所知らない……」
「あとでメッセージアプリで送っとく。その時はリューも来いよ。昔話に花を咲かせるのも一興だ。俺達が覚えてない昔の事、ジル兄なら知ってるかもしれないしな」
「恥の多い人生を送って来ました、って気分になるかもしれないぞ」
「そ、そん時はそん時……かな」
「あははっ。まあ取り敢えず、ライブお疲れ様ー」
「さまー」
「さまさまー」
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