第12話

 冬休みは短いから、亜弓と隆介とジル兄がうちに来たのは三日後だった。驚いたのはそこにイルもいたことで、丁度目が覚めたんだ、とやはりすっきりした顔を見せた。リムジンはうちの車庫には入らなかったので、一旦帰ってもらうことにする。


「そう言えばあの運転手さん、誰?」

「宇都宮グループの現総帥だよ。あのリムジン、あの人の自家用車なんだ。奥さんの習い事仲間とか、娘さんの友人とか、乗せて行くのが楽しいらしい」

「恐ろしい総帥だな!?」

「あはは、基本的には何にも喋らないし、話を外に漏らすようなこともしない人だかからね、怖がらなくても良いよ。人気絶頂バンドFairy taleのヴォーカルの初恋の人が十波ヶ丘在籍の生徒だとか、新メンバーが元十波ヶ丘の生徒だとか、口が裂けても言わない人だから」


 初恋、と言う言葉に俺と亜弓はボンッと赤くなる。そういや結局今の俺たちの関係って何なのかな? なんて思いつつ。かーさーん、と声を掛けて家に入ると、あらまあ大所帯ね、と言いながら、しげしげと俺たち五人を眺める。


「ちょっと良いかしら」


 亜弓を俺の隣に、隆介を真ん中に、その隣に倭柳とジル兄を置いて、ああやっぱり! と奥に引っ込んでいった母さんが、一葉の写真を取り出してくる。

 それはリューが持っている写真よりも随分保存状態の良い、俺たちの『家族写真』だった。

 左右にシスターとファーザーがいないだけで、並び方も同じ。身長差は、俺の方が亜弓より大きくなっていることぐらいしか変わらない。


「か、母さんこんな写真どこから!?」

「シスターがもし寂しがるようだったら、って持たせてくれたのよぉ。でもあなたったらカントゥッチーニ一つでけろっとこの家に慣れちゃったものだから、出しどころがなかったの。リビングの家族写真の裏に入れてたの、すっかり忘れてたわあ。そうだ、ユーリ、携帯端末貸して。今のあなた達の姿も取っておかないと勿体ないわ、きっとこんな風に全員そろうことなんてそうそうないでしょうし」


 確かに、イルは一か月寝っぱなしの身体だし、ジル兄は正月三が日過ぎたらまたアメリカだって言う。こんなに丁度良く揃うことはないだろう。はい笑ってー、と言う言葉に、俺達は笑う。俺は昔の写真と同じく、亜弓の手を握った。ぽっと赤くなるのはお互いで、でも笑い合えているなら、脈無しじゃないんじゃないのかな? やっぱり。いやでも一人舞い上がってたら恥ずかしいな。パシャッとレトロな音で撮った写真を全員共有にして、リビングに向かう。コーヒーとカントゥッチーニが、山のように用意されていた。

 母さん張り切ってると思ったけどこんなに作ってるとは。ふわー、っと声を出したのはイルだった。


「アーモンドの良い匂いっ! ほんとに食べて良いんですか!?」

「勿論、あなたたちの為に作ったんですから! ほらみんな座って座って! おばさんは洗い物してくるから、十年ぶりにきょうだい水入らずで話していてちょうだいな!」


 まずは亜弓の引き取られた手塚家の話からだった。


「お父さんもお母さんも、やることやったら何しても良いって性質の人で……宿題さえ終わればいつまでゲームしてても良かったし、でもその所為で寝坊とかしたらめっちゃくちゃ怒られたなあ。それこそ没収とかあった。それでも大人しく勉強してれば次の日には返してくれるような人たちで、うん、優しかったと思う。教会のオルガンの名残でお母さんのピアノ弾いてたら、塾にも通わせてくれるようになったし。だから私、合唱大会ではいつもピアノ役だったんだよ。歌うのも好きだったから、ちょっと不満だったりもした。でも自分に特技が一つでもあるって、結構な自信に繋がるんだよね。だから私はピアノのレッスンと学業とゲームと、丁度良くこなして来られたと思う」

「ゲームなんかなかったもんなあ、教会」

「ふふっ、古いゲーム機だったんだけどお父さんが得意でね。よく格ゲーとかやったし、RPGはさりげなくヒントくれたりして。無事にクリア出来たらアイスとかお餅とかくれて、良いお父さんだよ。今はゲームはそんなにやらなくなっちゃったけど、昔のリメイクが出たりするとお父さんの方がこぞってやっちゃったりするの。それでお母さんに、持ち帰りの仕事は? って訊かれて、隠されたりしちゃう。でもお母さんも結構なゲーマーだったから、やっぱり隠される苦しみが分かるのか、すぐ出してあげちゃう」

「お母さんは何ゲーマーだったんだ?」

「アーケードの音楽ゲームが好きだったみたい。こんなおばちゃんが行っても恥ずかしいだけでしょ、って、アーケードコントローラ買って家でノリノリで弾いたり回したりしてる」

「弾いたり回したり……あ、あれか」


 ついで水原家。


「僕たちんちはお父さんが警官で転勤族だったからさ、ひとところに留まる期間が短くてなかなか友達出来ないし、いじめられたりもしたんだよねえ。まあその度になにくそ言いながら反撃したり、がむしゃらに勉強して一位取ったりしてたら、だんだんそんなのも無くなって来て」

「イルは本当の親族見付かったんだよな?」

「え、そうなの? そんな境遇で見つかるってすごいね?」

「あーうん、その時の事は色々あったから省略させてもらって……中学でジル兄が生徒会長になった時にね、僕たち二人に留学の話が来たの。持って来たのはさっきの顔面薄い総帥だったんだけど、基礎学力が高いから大丈夫だろうって半ば留学内定ってことになって。それからは勉強漬けで、結構しんどかったよー。だって僕、中一だよ? そこから大学はちょっと無茶じゃない?」

「無茶苦茶だな。他人から六年抜けてる」

「でしょー!? でも仕方ないから何とかゼミとかの自宅学習と学校での図書室使った予習で、なんとか大検受かって向こうに留学手続き取った訳さ。ちなみに僕は英国、ジル兄はアメリカって分けられちゃってね。寂しい二年間を過ごした」

「待って二年? 大学って四年だよね? ディプロマ? バチェラー?」

「博士号。まあそこでも僕の才能が発揮されちゃって、帰って来たのが去年だったんだけど、何にもやることないから、色んな会社立ち上げたの。おもちゃ会社にシンセ会社に、あとはエコーズレーベルだね。ユーリたちの所属してる事務所。一応社長なのさっこれでも」


「えええっ!?」


 声が響いたのはキッチンからで。


「あの……社長さん……?」


 恐る恐るこちらを覗いて来るのが可愛い母である。手には霜焼け防止のゴム手袋付きだ。なんて言うか、俺も平和な家庭に引き取られて良かったなあ。倭柳とジル兄なんて、ジル兄完全に倭柳の実家に引きずられての留学じゃん。やりたいことはあるって言ってたから無理筋ではないんだろうけれど、ちょっと可哀想になって来るぜ。

 手袋を外しておずおずとテーブルに近付いて来た母さんに、倭柳はどこか大人っぽいような顔になって笑い掛ける。


「はい、おたくの坊ちゃんをお預かりさせて頂いています、エコーズレーベルの代表取締役・水原倭柳です。これ名刺どうぞ。電話には滅多に出られませんけれど、マネージャーが要件を承りますので」

「は、はあ……てっきり前来た人が社長かと」

「殆ど任せていますが、一応私が社長なんです。ところでフルアルバムはお聞きになりました?」

「ええ、酉里からデータを貰って」

「横流ししなーい」


 ぺけっと殴られる。


「CDで聴いても良いものですよ。初版は売り切れちゃったんですけれど、何枚か残しておいたうちの一枚です。よければどうぞ」

「あらあら、良いのかしらそんな貰っちゃって、せめてお金を」

「良いんですよ、メンバーのお母さんなんですから。勿論お父さんとも聞いて下さいね。半分以上は息子さんの曲ですよ。実に素晴らしい才能をお持ちだ」

「はあ……」


 ぽっと顔を赤くする母である。四十近い母をこんなに可愛くさせる大企業の教育、恐るべし。


 そしてカントゥッチーニを食べたみんなは。もれなく泣いた。

 シスターの味だと、もう号泣した。

 ありがとうございますと母にお礼を言うジル兄は、ちょっと鼻水を垂らしていて、ティッシュを差し出すとぢーっと鼻をかんだ。

 泣くときに涙より先に鼻水が出て来る癖は抜けていなかったらしい。それがなんだか懐かしくて、俺も泣いてしまった。

 みんな泣きだしたのに、母さんは何も言わず、コーヒーを注いでくれた。


「魔王様も泣くんすねえー」


 みんなが解散し、部屋に戻るとアマちゃんにそうからかわれた。うるせ、と言いながら羽を伸ばす。文字通り。ちょっと部屋はきついけれど、伸ばせないほどじゃない。

 みんなと話してたらちょっとテンション上がっちまったよなー、と俺は身体をぺきぺき鳴らして角の辺りもぐりぐりマッサージする。倭柳の事は心配だが、心配させてくれるようなタマでもないのが困りものだ、あの末っ子は。普通末っ子ってもっと我が侭になっても良いもんじゃないのか? それも出来ないほど、大賢者の血はあいつを強くしてしまったのだろうか、中高六年ほぼスキップさせてしまうほどに。ミミルの泉だな、まるで。眼球一つ差し出す代わりにこの世の英知を得ると言う。北欧神話に出て来る泉だ。


 でもイル、あれじゃあ同い年の友達とかもいなさそうだしなあ。心配になって来ちゃうぜ、お兄ちゃんは。まあだからこそ俺と隆介がレーベルに入ったことは果報だったのだろう。そうとでも思わなきゃ、あの末妹がどうなってしまっていたのか、考えたくはない。


 羽と角をしまい、俺は初版のアルバムを見る。ジャケ写は使っていない、黒雲の上にタイトルである『Fairy tale』と金色の箔押しで書いてあるだけだ。全然おとぎ話っぽくないけれど、タイトルは最初から分かりやすくしようと決めていた。写真を使わない代わりに、だ。だってそんなの撮っててみろ。余計に完成に時間が掛かったわ。中身は黒いマーブル模様で白く歌詞が書かれている。地味と言えばそうだが、初めてのフルアルバムだ、そのぐらいで良いだろう。と、俺はPCを立ち上げメールを見てみる。魔王様最高! の文字を選んで振り分けて、あとは検索で引っ掛かったものを振り分けて行く。


 その中に。

 またあのでたらめなアルファベットのメアドを見付ける。

 なんだ。俺加減したぞ。瘴気も姿も出さなかったぞ。まだ文句があるのか、『勇者一行』。


『拝啓魔王様


 先日のライブは素晴らしい出来でしたね。

 瘴気も出さずにいて下さって嬉しい限りです。

 これからも続けられることを心より願います。


 勇者一行 敬具


 追伸 新メンバーのリュー君の曲は中々良かったです』


 中々って何だ中々って、最高だったろうが。ぷちっとそれも移動して、普通のファンメールを印刷に掛ける。アルバムが足りません、もっと人気バンドの自覚を持ってくださいと言う叱咤なのかお褒めの言葉なのか分からないものも頂いて、ちょっと嬉しくなってしまったりする俺である。人気バンドかあ。そっかあ。そうだったのか。嬉しいなあ。デリデビさんたちと並べるぐらいになっただろうか、これで。

 ぺぽっと音を鳴らして倭柳に訊ねてみる。今の俺らとデリデビさんとどっちが人気? なんて、直球で。

 ぽぺっと帰ってきた返事に、俺はにやーっとする。アマちゃんが気持ち悪いですよ、と言うが、気にしない。


『瞬間最大風速は今の所君らの方が上』


 上かあ。瞬間最大風速だとしても、それは嬉しい言葉だった。なのでFairy taleのグループに、その言葉を乗せてみる。


『マジ? 俺らの方がデリデビさんよりすごいの?』

『へー、一時的なものだとしても良いじゃん』

『瞬間最大風速にならないようにしなきゃね』


 驕らないように久し振りにデリデビさんの最新ミニアルバムを掛けてみる。

 ずどんと腹に来るバスドラム、技巧に走りすぎないベース、時折跳ねるギターに全体を落ち着かせるキーボード。

 やっぱ良いよなあ、デリデビさんは。


「魔王様ー、自分とこでフルアルバム出したってのに何で他所の曲聞いてんですか」

「うるさい俺は酉里だ。あんまり自惚れないようにしようと思ってな、格上の人の音楽を聴いている……って言うか音楽は良いよなあ。これで戦争とか終わらねえかなあ」

「そこまで人間は進化してないですよ。大体俺たちの世界でだって、小物の魔物は鼓笛隊の旋律でやられるぐらいだったじゃないですか。俺達にとって音楽はむしろ武器だったんですよ」

「うるさい黙れアマちゃん。それでも俺はこの音楽が好きなんだ。音が好きなんだ。歌うことが好きなんだ」

「仕方ない魔王様っすねえ」


 カカカカカッとヒマワリの種を割り、中身を食べる。アマちゃんのそんな苦言を食らった上で、俺はベッドに寝転び、気持ち良く流れるデリデビさんのサウンドに酔いしれていた。

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