第十二の旋律:封じられた調べ
焚き火の炎が静かに揺れていた。
朱音たちの奏でた音が去っても、空気の中にはまだ微かな“残響”が漂っているようだった。
沈黙の民たちは誰も動かず、ただ、静けさの中に立ち尽くしていた。
やがて、長老が立ち上がる。
手には筆と巻物。墨の匂いが風に混じった。
彼女は地面に広げた布に、するすると筆を走らせ始めた。
『……音は、かつて“魔の根”と呼ばれていた。』
筆先が震える。
『それは、人の心と魔をつなぐものであり、また同時に、神にも似た力を持っていた。』
『音を奏でれば、風が歌い、水が踊り、木々は言葉を持ち、大地は命を宿した。』
安藤たちは息をのむ。
それはまさに、自分たちが触れてきた“音の魔法”そのものだった。
『しかし、ある時――“響災(きょうさい)”が起きた。』
焚き火の音が、かすかに強くなる。
『ある王家の者が、記憶の旋律を暴き、全てを支配しようとした。』
『彼は音を“操る術”として極めたが、同時に、民の心までも従わせようとした。』
『やがて、音は暴走し、大地は裂け、空は叫び、国の半分が沈んだ。』
民たちの誰かが、首を垂れる。
それは、祖先が背負った罪への無言の祈りだった。
『王は封じを命じた。――音を、全ての源から切り離すことを。』
『楽器は封印され、歌は焼かれ、声は禁じられた。』
筆が止まった。
そして、長老は視線だけで安藤たちを見た。
『だが、我らは忘れていない。“音”とは、災いではなく、本来“記憶”そのものだったことを。』
『今、お前たちの中にある“音”は、封じられなかった“記憶の残り香”。』
『それが再びこの地に響いたなら――おそらく、世界は変わるだろう。』
その時、翠音が小さく口を開いた。
「じゃあ……音は、本当にいけないものなの……?」
長老は、何も書かず、ただ手を差し出した。
その手は――震えていた。
『我らには……わからない。』
『だが、忘れていた“涙”を思い出したのは、音を聞いたその瞬間だった。』
沈黙の民たちが、ゆっくりと焚き火を囲んで座る。
長老は巻物を閉じ、筆を横たえると、もう一度だけ筆談をした。
『お前たちは、“記憶の奏者”だ。』
『封じられし音を、正しく響かせる者となれ。』
焚き火が、ぱち、と音を立てた。
それはこの世界で“自然が鳴らした”最初の音だった。
空を見上げると、星がひとつだけ、揺らいで光っていた。
音の記憶 @Keyton8896
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