第十の旋律:夢の鍵盤

翠音は、その夜、不思議な夢を見ていた。

いつものように、カリンバをぽろんぽろんと弾いている夢。

けれど、その音が重なるたび、空が反転し、世界の色が変わっていく。

空中に音符が踊る。木々が震え、地面に魔法陣が浮かぶ。

──おいで、翠音。

聞いたことのない優しい声が、どこからか彼女を呼んでいた。

「ここ、どこ……?」

夢の中なのに、風の匂いがする。

音のない世界から、何かが“彼女の音”を必要としていると伝えてくる。

ぽろん──

最後の一音を弾いた瞬間、翠音の身体がふわりと浮かび上がった。

夢はそのまま現実と重なり、彼女もまた音を求める世界へと転移していった。

──夢の中、音が踊っていた。

翠音はふと、目を覚ました。

そこはいつもの自室ではなかった。

灰色の草原、石でできた木々、空には音のない雷が走っている。

「え……? ここどこ?」

手元を見ると、小さなカリンバを握っていた。

夢だと思っていたのに、冷たい風の感触が肌をかすめた瞬間、これは現実だと理解した。

「パパ……みんな……」

泣きそうになる気持ちを抑えて、ぽろん、と一音だけ鳴らした。

──その音が、世界を染めた。

まるで水面に雫が落ちたように、空間に色が広がっていく。

目の前に見えた焚き火の明かり。

そこには見知った人たち──父と三人の姉がいた。

「みどりねっ!」

駆け寄ってくる父に、翠音はやっと泣き出した。

「パパぁぁぁぁぁぁぁ!!」

この世界には“音”がなかった。

けれど、今、彼女の泣き声が、確かに空に響いていた。

音のない世界に、最後の音が加わった。


そして、この五人の家族の“音”によって、シルフィアの記憶がゆっくりと目覚め始めていく──



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