第九の旋律:記憶の修復者
那津は、祖母の形見であるオルゴールを修理していた。
その内部は複雑で、繊細で、小さなバネや歯車が絡み合っている。
「こんなに古いのに、まだ音を出そうとしてる……」
工具を手にした指が、音の仕組みをひとつずつ紐解いていく。
──カチッ。
歯車がかみ合った瞬間、オルゴールが一瞬、光を放った。
ぽろん……。
わずかに音が鳴る。
その一音が、空間に波紋を広げた。
空中に淡い図形が浮かび、まるで設計図のように輝いていく。
那津は息をのんだ。
「これ……オルゴールの中じゃない……」
機械でも魔法でもない。けれど確かに“音”の構造だった。
次の瞬間、彼女の身体はその中心に引き寄せられ、異世界へと転移していった。
──彼女は「音の構造」を理解する者として、この世界に必要とされたのだった。
暗闇の中に、歯車の音が鳴った。
──カチ、カチ、カチ……。
気がつくと那津は、静まり返った大地に立っていた。
周囲は寂寥とした風景。けれど彼女の足元には、オルゴールのような円環模様が輝いていた。
「音が……ない」
思わず言葉にすると、返ってきたのは沈黙だけ。
だが、彼女のポケットには、修理中だった小さなオルゴールがあった。
古いもの。だが、直したばかりで、今にも音を奏でようとしていた。
──くるくる……。
彼女がつまみをゆっくり回すと、音が鳴った。
ポロロン……という、わずかな旋律。
次の瞬間、地面に光の模様が走り、空気に細やかな震えが生まれた。
風が、微かに流れる。
砂埃が舞う。その様子に、遠くの人影たちが驚き、ざわめき……いや、筆談を交わし始めた。
「音を持つ少女が……また来た……?」
声なき声が、那津の周囲を満たす。
彼女は理解した。
自分は「直す人」として、この世界に呼ばれたのだと。
すでに焚き火の前には、父と姉たちが立っていた。
那津が静かに歩み寄ると、父がにっこりと微笑んだ。
「……よく来たな。お前が来たなら、もう大丈夫だ」
胸がじんわりと温かくなる。
この音を取り戻せない世界で、“音を直す”という自分の役割が、確かにあると感じられた。
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