第四の旋律:分かたれた日常

娘たちは、音楽を通して父との絆を持ち続けていた。

長女・朱音(あかね)は、バスクラリネットを愛する大学生。

その楽器は、安藤が中古で手に入れた逸品だった。プロ奏者が長年使い込んできたその一本には、まるで父と娘の記憶が宿っているようだった。

朱音がその楽器に出会ったのは、中学一年の春。

吹奏楽部の見学で、ホールの隅から聴こえてきた低音の響きに心を奪われた。

──深く、温かく、どこか切なげなその音。

彼女は数日後、両親を説得し、プロ奏者の演奏会へと向かった。

「私……この楽器、やりたい」

その一言に、安藤はうなずき、演奏者に直接頼み込んだ。

──基礎から教えてほしい、と。

それが、朱音にとっての音楽の旅の始まりだった。

そして数ヶ月後。

安藤は朱音と泉音(いずね)を連れて、あるセッションライブを訪れた。

「今日は、特別な日になるかもしれないぞ」

そこには、朱音の師であるバスクラ奏者と、もうひとり──プロのトロンボーン奏者が並んでいた。

会場に響いたセッション。

バスクラリネットの低音と、トロンボーンの温かな響きが混ざり合い、空間に柔らかな波紋を描いた。

その音に、泉音は心を奪われた。

──この音が、私に語りかけてくる。

トロンボーン奏者がソロを吹いたとき、言葉にできない何かが彼女の胸を打ち抜いた。

「私……この音を吹きたい」

その日から、泉音はトロンボーンに心を捧げていった。


三女・那津(なつ)は中学一年生。

絵やものづくりが得意で、祖母譲りの器用な手を持つ少女だった。

彼女は演奏よりも、“音を支えること”に興味を抱いていた。

古いバイオリンの弦を張り替えたり、壊れたオカリナを分解したり──

それらはすべて、彼女にとっては“音を直す”という自然な営みだった。

祖母──父の母は、かつてオルゴール修理を生業としていた。

「これ、また鳴るようにしてみるかい?」

幼い那津は、その言葉に何度もうなずいた。

音が鳴る仕組み。それを自分の手で解き明かすこと。

それが彼女にとっての音楽との向き合い方だった。

「パパ……あたし、演奏はしなくてもいい。でも、音が出る仕組みを知りたい。楽器って、どうしてあんなにきれいな音が出るの?」

その目は、真っ直ぐだった。

「……それなら、俺の古いギター、バラしてみるか」

安藤は微笑み、ギターを差し出した。

こうして那津は、音楽家ではなく“音を直す人”としての道を歩き始めた。

その手先の器用さと探究心は、やがて異世界で「音の職人」として生きることへとつながっていく。

──魔法と工芸を融合させた技術、失われた楽器の修復、そして音に宿る記憶を読み解く力として

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