第一の旋律:異世界への扉
──指が弦をなぞる。
その瞬間、世界が震えた。
薄暗い空の下、灰色の大地が広がっていた。空気は乾ききり、風すらない。そんな静寂の世界に、一音のギターの響きが流れ込む。
「……聞こえた?」
誰かのつぶやきが、音なき世界に落ちた。
声なき民たちが、音の方を振り返る。
誰もが無言で、唖然とした表情を浮かべていた。言葉の代わりに板や紙に文字を書いて意思を伝え合う彼らにとって、「音」とは忘れ去られた概念だった。
焚き火のそばにいた安藤真一は、ただ座っていた。
膝の上には、古びたアコースティックギター。彼にとって唯一の相棒であり、心の支えだった。
「……ここは、どこなんだ」
問いに応える者は誰もいない。だが、彼のギターの音は確かにこの世界に“異変”をもたらした。
一人の少女が、ぽろぽろと涙をこぼした。
「……きれい……」
すると、空間にゆっくりと魔法陣のような文様が浮かび上がる。
まるで誰かの記憶をなぞるように、空中に五線譜が浮かび、旋律が描かれていく。
その譜面は、まさに今、安藤が無意識に奏でた旋律そのものだった──。
──その音、その響き、それは「音の記憶」。
焚き火の向こう、黒いローブをまとった老婆が現れた。深い眼差しが安藤を見据える。
「その音……まさか、“音の記憶持ち”か」
そのとき安藤はようやく気づく。
ここは、音を失った世界──
そして、自分の奏でた旋律が、この世界に“記憶”を呼び戻し始めていることに。
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