音の記憶

@Keyton8896

プロローグ 音のない世界と響きの鍵

薄暗い空の下、灰色の大地がどこまでも広がっていた。

乾ききった空気は重く、風すら微かにしか感じられない。


その静寂の世界に、突然ひとつの音が降り注いだ。


──弦をなぞる指先の感触。

かすかなギターの響き。


「……聞こえたか?」


誰かの呟きが、音なき世界に落ちた。


声なき民たちは戸惑い、音の方へと顔を向ける。

彼らは口をきかず、文字を用いて意思を伝える者たちだった。

「音」とは、彼らの記憶から消え去った、忘れられた存在。


焚き火のそばに座る一人の男。

古びたアコースティックギターを膝に抱え、静かに呟く。


「ここは……どこなんだ」


彼の名前は安藤真一。

彼にとって、このギターだけが心の支えであり、唯一の相棒だった。


そのギターから放たれた一音が、この世界に異変をもたらし始めている。


ぽろぽろと涙をこぼす一人の少女。

彼女の瞳は音の美しさに心を奪われ、呟いた。


「……きれい……」


空間にゆっくりと魔法陣のような文様が浮かび上がる。

五線譜が宙に現れ、旋律が描かれていく。

それは、まさに今、安藤が奏でた音だった。


「その音……まさか、“音の記憶持ち”か」


黒いローブの老婆が現れ、安藤を見据える。


ここは、音を失った世界。

そして、安藤の奏でる旋律が、世界の眠る音の記憶を呼び戻そうとしている。

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