第2話:宇宙とはどこから先を指すのか

「父さん、あの空は、どこまで続いてるの?」


 休日の午後から、父親の道信とともに、遊園地の観覧車へ乗っていた。当時、僕は八歳であり、父親はまだ航空機の機長を務めていた。そして、素朴な疑問を抱えている僕に、彼は頷くと、優しく説明を始めてくれた。


「いいか、幸信、教えてやる。まず、俺たちがいる地上よりも、上空一〇キロメートルから、一七キロメートル程度までの広がりを、対流圏と言うんだよ。海外旅行などで、飛行機に乗れば、一〇キロメートル付近まで、上がれるだろう?」


「父さんは、飛行機を運転することが得意だから、そんな高いところまで上がれるんだね」


 僕らを乗せた観覧車の個室は上昇し、青い空に近づきだし、下界の光景が下っていく。


「もっと上空はどうなってるか、気にならないか?」道信が訊く。「地球の大気では、大気圏という窒素や酸素の気体に覆われたようなところがある」


「大気圏の仕組みって、どうなの?」


「それは、いくつもの層に分かれていて、順を追ってみていこう」道信は言った。「対流圏といえば、地球の大気の最下層で、地表に最も近い層なんだ。呼吸をする空気や、浮遊した雲も含まれている。そのなかでも一番高いところでは、マイナス七〇度近くにも及ぶほどの記録だってある」


 僕らを乗せた観覧車の個室の高さは、中くらいに差しかかる。遠くの方で、高速道路や、有名な電波塔のスカイツリーも見えだしていた。


「対流圏って、寒いところなんだね。その上は、何があるの?」


「成層圏だ」道信は答えた。「対流圏の上に、高度五〇キロメートル付近まで広がってる。オゾン層もその辺だし、人体に、有害な紫外線から俺たちの身体を守ってくれる。そこは、対流圏と異なり、上空へと行けばいくほど、気温が上昇して熱くなっていく。また、空気もかなり薄くなってるせいか、太陽の光は、地表付近のように散らばらず、昼間でも真っ暗な世界だよ」


「成層圏から上は、どうなってるの?」 


 そして、観覧車の個室は、ゆっくり一番高いところまで差しかかっていった。


「成層圏の上は、中間圏だ」道信が答えた。「高度五〇キロメートルから、八〇キロメートルのあたりを広がってる層で、二酸化炭素が、赤外線を放射しだすために、再び気温は下がる。中間圏の一番上までだと、気温はマイナス一〇〇度近くにまで下がるんだ」


「中間圏のさらに上の層は、どうなの?」


「高度五〇キロメートルから八〇〇キロメートル付近に広がるのは熱圏だ」道信が答えた。「ここでは、太陽の電磁波などを吸収するので、またもや気温が上昇していく。気温の高いときは、二〇〇〇度近くまで到達するんだ。極地方には、オーロラも見えるそうだぞ」


 観覧車の個室が、頂上を超えた後、僕らの高さは、下がりだしてきた。終着地点へ向かっていく。


「それじゃあ、宇宙とはどこから先を指すの?」


「それについて実は、世界共通の決まりがない」道信は答える。「一応、慣習的に、熱圏へ入ったあたりの上空一〇〇キロメートル前後から先を、宇宙と呼んでるよ」


「それは、父さんが決めたわけじゃないのか」


「当たり前だ」道信は突っ込みを入れた。「高度一〇〇キロメートルぐらいでは、わずかながら空気はあるし、重力も働く。そこにいれば、空が暗いとはいえ、あまり宇宙を実感できないかもしれない。おそらく、人間の肉体のままはおろか、気球に乗り込んでさえも到達は難しいだろう。しかし、こうした空の仕組みが、地球の大気を作り、有害な紫外線とかから、地球と生命を守ってくれてるんだよ」


「あの空の彼方の事情は、気温の上下する差が激しい世界なんだね。ふーん、僕もそこまで行ってみたいな!」

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