第6話 命の恩人

 これは夢だろうか。

 懐かしい光景が目に入ってくる。

 家中に広がる木の匂い、壁にかかっている自分が小学生の頃の写真、少し硬めのアンティークなソファ、そう...ここは祖母の家だ。

 なぜ今この記憶が蘇ってくるのだろうか。

 と考えつつも、やけにリアリティのある光景を噛みしめている自分もいる。


 窓の外は橙色に染まってきていて、今の時刻を知る。

 そういえばこの記憶はいつのものなのだろうか、そう思い壁にかかっているカレンダーを探す。

 七月二十日。

 そうか、莉子の誕生日の記憶だ。

 莉子は俺の幼稚園からの幼馴染で、家族ぐるみの交流があったため、いつも一緒にいるのが当たり前のような存在だった。

 それに加え、どちらの親も夜遅くまで帰ってこなかったため、学校帰りは俺の祖母の家で一緒に過ごすのが基本だった。

 この日だけは違ったのだが。


「あら!ケーキもらってくるの忘れてたわ」


 祖母の声に身体がビクッと驚く。

 そうか、そりゃそうだよな。

 あまりに懐かしい祖母の声に涙がこみ上げてきそうになる。


「あっ、おれがもらってくるよ」


 口が勝手に動いた。

 これはあくまでも記憶であって、主導権は俺にはないようだ。


 家を出て、何度も通った砂利道を駆け抜ける。

 この後の展開は鮮明に覚えている。

 だから、思い出したくない。


「こちらがご注文いただいた、誕生日ケーキになります」


 小学生の手には大きすぎる真っ白な箱を、両手いっぱいに抱えた。


「ありがとうございましたー」


 あぁ、いやだ、あんな光景を見させないでくれ。

 ケーキを受け取り浮かれていた俺は小走りで店を出る。

 この時、向かいのピアノ教室から出てくる莉子と目が合ってしまった。

 そしてサプライズが台無しになると思った俺は、逃げるように全力で走り出してしまった。

 居眠り運転をするトラックが近づいていることに気づかずに。


「危ないっ!!!」


 莉子に押し飛ばされた俺は軽いけがで助かっていた。

 しかし、莉子は違う。

 トラックの衝撃をもろに受け、宙を舞っていた。


「...いっ、り、莉子...莉子っ!」


 ほとんど音は聞こえなかった。

 ただ莉子の声だけを求め、莉子の元へ駆け寄った。


「............ぁ」


 莉子は呼吸の合間に何かを伝えようと口を動かしている。


「莉子っ!!」


 莉子の状態は助かるようなものではない、俺のせいで莉子は死ぬ。


「ごめん莉子...おれの、おれのせいで...」


「...ぁ、あんたが...」


 莉子の白く細い手が頬まで伸びてくる、暖かい。


「あんたが、生きててよかった...」




 バチっ、と映像が切り替わるかのように景色が変わる。

 薄暗い洞窟と赤い眼の少女が映る。


「ウルフはもういないようです、帰りましょう」



 ◇



 アイリスに抱えられたまま森を抜け、街まで帰ってきた。

 ひととおりの手当てを受け、ベッドに横たわる。


「何から何までやってもらって、すまないなアイリス」


「いえ、いいんですよ、元はと言えば私の力不足が原因ですから」


 この短時間で人に二度も助けられたかのような感覚だ。

 とにかく命があってよかった。


 アイリスは莉子によく似ている。

 見て見ぬふりなどできない性格、落ち着きと明るさを兼ね備えた声、目の色は違えどその吸い込まれるような綺麗な瞳。

 よく似た二人の少女に助けられる、この運命にある可能性を感じ始めていた。


「あの...ウエダ様、私の顔になにか付いていますか?」


「いや、何でもないんだ、気にしないでくれ」


 しまった、無意識のうちに顔を見つめてしまっていた。


「そういえば私、森で誰かに助けられたんです」


「誰か...?」


「はい、私がウエダ様と分かれた後、私はあのウルフに押し負け追い詰められていました。しかし、金髪の仮面をつけた者が現れ、そのウルフに触れた瞬間...ウルフが光に包まれ消え去りました」


「仮面...その者に何か心当たりは?」


「聞いたこともありません。

 ただあの強さに不思議なスキル、転生者の可能性があります」


「なるほど、転生者か。

 そういえば......俺のほうは勇者パーティに遭遇した」


「勇者っ...!」


「やつらは五人のパーティでそれぞれがとてつもないオーラを放っていた。

 正直、俺たちがどうにかできるようなレベルではないのは確かだ」


「そう...ですか」


「ただ、その仮面の者の話を聞けて良かった。

 手掛かりはまるでないが、少なくとも敵ではない存在がいるということだろう?」


「そうですね。そう信じたいです」


「まぁ今はこの町の復興を優先しよう、どうやら勇者は城を攻め落とす気はないみたいだからな」


 今日はかなり疲れた。

 勇者パーティ、謎の仮面をつけた強者、と理解が追い付いていないことが多い。

 とにかく今は復興に集中しよう。







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その世界、興させてください! 屈斜路ペペ @pepepe0

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