第5話 ウルフの巣

「てんめぇ!!」


 大男に殴り飛ばされ木に叩きつけられる。


「まぁ待つんだ、この反応は予想していたさ。

 特に僕らの世界は正義感の強い人が多いからね。

 ただ......もう少し賢い判断ができると思っていましたよ」


 勇者は力いっぱい胸ぐらを掴んできた。

 この勇者に反抗したってどうにかなるわけではないのはわかっている。

 ただ、その身勝手な思想でこの世界の人々をどんな顔にしているかも知らず語る勇者に強い怒りを覚えた。


「自分の状況を理解したほうがいいですよ。

 今あなたが選べるのは僕らとともに来るか、はたまた今死ぬかの二択だ。

 僕に意見できるような立場ではない」


 息苦しい。

 俺は宙に浮き、足元から地面が消えた。


「この下はウルフ達の巣窟だ、僕らに従わぬのならこの手を放そう」


「そうだな、すまなかった」


 深く息を吸い、覚悟を決めた。


「お前と協力なんてクソくらえだ! お前は必ず後悔する、その自分勝手な行動がいつまでも続くと思うなよ」


 勇者に手を離された俺は深い闇へと落ちていった。




 ◇ ◇ ◇




 うまく、息ができない。

 背中を打って倒れこむ俺の周りには、数匹のフォレストウルフが囲むように歩き回っていた。


 ウォーン!

 ウォーン!!

 ヴォォォン!!!


 ウルフ達の遠吠えは巣に迷い込んだ間抜けを嘲笑うようだった。


「頼むから骨くらいは残してくれよ」


 落ちてきた穴を見上げるが、勇者パーティはいなくなっていた。

 アイリスは無事だろうか、いま思えばあの巨大なウルフも、異常なほどに濃い霧も勇者たちが絡んでいたのかもしれない。


 まだ間に合うだろうか、あの勇者の好きにさせたくない。心の底からふつふつと怒りが沸き上がってきていた。


 先ほどは使うこともできなかったナイフを再び構え、正面のウルフへ向ける。


「最後まで足掻いてやろうじゃねえか!」


 思いっきりナイフを振りかざしウルフの額に縦一線、傷跡をつける。

 すかさず横顔にナイフを突き立て引き寄せる。

 顔に大量の血を浴びたが、今はかえって気持ちがよかった。

 この世界で、いや、どちらの世界でも無力だった自分が一矢報いている。


「まずは一匹だ」


 幸い、目の前のウルフ以外は警戒したままでその場を動かなかった。

 足元にあった拳一個分の石を拾い、ウルフの頭目掛け振り下ろす。

 叩く、叩く、叩く...!

 爪による反撃も、今は気にならない。


「ゼェ...ゼェ...やればできるじゃないか」


 一匹仕留めたが、それで助かるほど甘くはない。

 血の匂いが広がり、ウルフ達の怒りを最大まで買ってしまった。

 その場にいたウルフ達は一匹残らず牙をむき、同胞を殺した俺に殺気を向けている。


 飛びついてきた一匹に左腕を噛まれ、突進してきた一匹に右足を爪で抉られる。


「あぁくそっ!」


 腕に力を入れ、噛みついたままのウルフの脳天を殴る。

 が、離れない。

 動けば動くほど筋肉に牙が食い込んでいく。


 ナイフで頬部分を突き刺す。

 顎の筋肉を集中して狙え、削ぎ落せ。

 そうしている間にも他のウルフに全身を抉られ、激痛が走る。

 ウルフの攻撃は止まない。

 血で目が霞んでくる。

 意識が薄れていく。

 死が歩み寄る。

 力が入らず、身を守るので精一杯なほど限界が来ていた。

 生身の人間にしては頑張ったほうだろうか。

 あぁ、この世界に来て何も果たせず、終わりを迎えようとしている。

 せっかく、せっかく人の役に立てると思ったのに...




 ファイヤー、ボォォォォル!!!




 眩い光とともに一人の少女が舞い降りてくる。


「アイ...リス...」


「ウエダ様、生きていてよかった...」


 身体からふっと力が抜ける。

 なぜだか赤い眼の少女が懐かしいあの子と重なっていた。

 段々重くなる瞼によって視界は奪われていった。







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