第4話 絶体絶命

 この森にあんな化け物がいるなんて...

 目の前まで迫っていた牙が奏でた金属音のような鋭い音、あれを思い出すだけで身体が震えを起こす。

 気づけば俺は、後方での戦闘音が聞こえなくなるほど走ってきていた。


「森の出口はどっちだ...?」


 俺たちは通ってきた道に目印を付けたり、地図を持ってきたりはしていなかったため今自分がどこにいるかなど全くわからない。

 ただ一つ言えるのは霧が濃いところから抜け出すべき、ということ。

 なんにせよこのままここにいては、あの化け物ウルフに殺されてしまう。


「あんた誰だい」


 ...!

 突然声が聞こえたほうへ振り向くも遅かった。

 その大男は俺の首をつかんだまま地面へと叩き下ろすと、完璧な拘束をした。

 がぁっ...!

 受け身も取れず、もろに背中へ凄まじい衝撃が走った。


「こんな弱ぇ人間がひとりで森に来たのか?」


「...げほっ......なんなんだお前は......なぜこんなことをする」

 首を押さえつける手を離され、ようやく声を発することができた。


「なぜ?そりゃあ、あれよ、あーなんだっけな。まぁ怪しい動きをする奴は全員処分しろって勇者の野郎に脅されてんだ」


「なっ、勇者...?」


「あーこれ言っちゃダメなんだっけか、まぁいいだろ。

というかあんた......勇者、って単語を聞いてその反応をするってことは、この国の人間じゃねえだろ」


「......なぜそう言い切れる」


「この国に生きている人間はな、大半が勇者に家族や故郷を奪われてんだ。

だから『勇者』って単語を聞いたらなりふり構わず殴りかかってくるのがお決まりなんだよ」


 初日に勇者という言葉を口にした時の皆の顔を思い出す。

「...そうか、で俺は今から殺されるのか?」


「いーやまだだ、ただの怪しい奴とは違いそうなんでな、話し合いの時間だ」


 ピィィィ!大男が笛を取り出し、甲高い音が森中に伝わった。

 笛の音から十秒もしないうちに四人、俺の周りを囲むように集まってきた。


「な、なんなんだよお前らは!」

 必死で後ずさるも、周りは囲まれているため背中を木に押し付けることしかできなかった。


「まぁまぁそう警戒しないでくださいよっ」


 五人のうち一番小柄で両手に斧を抱えた少女が口を開く。


「あたしはエリー!勇者パーティの戦士担当だよっ!」


「そうやって誰にでも自己紹介する癖はどうにかならんのか?」


 次に口を開いたのは細身の男、見た目から察するに僧侶だろう。

 俺は極限まで頭を回転させ、ここから生き残る方法を考えていた。が、目の前にいるのは勇者パーティ、まだ口を開いていない二人の中にはあの勇者までいる、「終わった」とそう感じていた。


「エリー、お前の挨拶はどうでもいいんだよ、で勇者、どうやらこいつはこの国の人間じゃないっぽいぜ」


 大男が話しかける先にはフードを被った男がいた。

 こいつが、勇者。


「そうだな、というよりもが正しいな」


 まただ、勇者に対しての反応だけで自分の正体が見抜かれている。


「あなたは今月の転生者でしょう?」


「.........そうだ」

 嘘をついても殺されるのが早まるだけだ、今は正直に話そう。


「だー!あの王様懲りないねー!やっぱりあたしがあの城ごと破壊しちゃおうかなー?」


「いいんだエリー、僕らの計画のためにも転生の儀式は継続してもらったほうが好都合なんだ。それに今後、僕の脅威になるような存在があの儀式で呼び出されることはないだろう」


 計画...?計画とはなんなのだろうか。


「それより新しい転生者さん、知ってのとおり僕も転生者、あなたの同士だ。

 だからできれば殺したくはない」


 勇者は銀色に輝く剣を抜き、俺の首に近づけた。


「頼んでもないのに異世界に呼び出され、見返りもなしに『王国を救ってくれ』と頼んでくるようなこの国を、あなたは救いたいと思うかな?」


 剣の冷たさが首へと伝わっていた。


「僕は五つの地域すべてを滅ぼしてきた、世界を再興するためだ。

 近いうちにあの王も魔族も根絶やしにする。そして僕の王国を作るんだ。

 どうかな?あなたもこの計画にぜひ賛同してもらいたい」


 全身を伝う汗、首筋に当たる剣、そのどれもが勇者の計画に賛同せよ、と言わんばかりの状況であった。

 ここは口だけでも「はい」といっておくべきだろう。

 はい、はい、はい......声は出ないが口元だけを動かす。




 気づけば俺は勇者を殴り飛ばしていた。

















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