第12話 サーブルがみた光景

「ハンナ妃、お腹も空きましたしどこか宿を探しませんか。」

「そうねえ。家まではまだまだかかるし今日は疲れたわね。」

三人は手頃な値段の宿を探した。けれどちょうどこの辺りで感謝祭があっている様でどこの宿もいっぱいだ。

「どうしましょうか。隣町まで行くと深夜になってしまいますね。」

エクラが地図を見ながら考え込んでいたら一人の老人が声をかけて来た。

「旅のお方かな?ここから東へ一里もない位の場所に小さな宿屋があるぞ。この辺は宿が少ないからね。行ってみるといい。」

その老人は親切に宿屋を教えてくれた。

「情報、ご親切にありがとうございます。行ってみますわ。」

ハンナ達はお礼を言って東へ進んだ。歩き進めると一軒の宿屋が見えて来た。その宿は古びた外観で壁には蔦が絡まっていた。

「あれですね。ハンナ妃。」

「部屋が空いてるといいけど。」

宿の扉を開くと先ほどこの宿を教えてくれた老人によく似た男が座って居た。もはや同一人物なのかと思う程だ。

「いらっしゃい。」

主人らしき男は不愛想な感じで、ハンナが挨拶をすると鍵を出してきた。

「今日はもうあと一部屋しかないよ。ベットは二つ付いてる。三人で入るなら三人分の料金を貰うよ。」

「どうしましょうか。でも一部屋空いてるのなら泊まりましょうか?」

ハンナが二人に提案した。

「私は大丈夫です。もう疲れました。」

「私がお二人と同じ部屋と言うのは問題があるのではないでしょうか?」

サーブルが真面目な顔をして答えた。

「私は野宿でもするのでどうぞお二人はくつろいでください。」

「野宿ってサーブルが出発する時に言った警護すると言うのは嘘だったの?野宿なんてしてて私達を見張ってなくていいのかしら?」

ハンナはサーブルを軽く睨みながら質問した。宿の主人がジロジロとハンナ達を見ているので何となく気持ち悪かった。

「はっ。そうですね。では私も同じ部屋という事で。」

素直なサーブルは直ぐに聞き入れてくれた。

「じゃあこれ鍵だから。料金は前払いね。」

お金を払い鍵を受け取ると部屋へ向かった。

「案外、綺麗にしてますよね。外観は古びた感じだったので心配しました。」

エクラが周りをキョロキョロしながらハンナに言った。

「そうね。思ったよりも綺麗。あ、この部屋ね。」

ハンナ達は部屋に入った。もっと狭い部屋を想像してたが三人でも十分すぎる程の広さだ。

「疲れたわね。何か甘い物でも頂きましょうか。」

ハンナはベットに腰を下ろした。サーブルは不審な物がないか部屋の隅々をくまなくチェックしている。

「ではジャムとパンががございますのでそれをお出します。」

エクラはパンにベリーのジャムをたっぷりと塗って一人一枚づつ渡した。

「これは!とても美味しいです!初めて食べました。」

そのパンを一口食べたサーブルが子供の様な顔で喜んだ。なぜだろうかサーブルが笑顔を見せるとこちらも笑顔になる。

「このジャムはハンナ妃がお作りになったのですよ。」

「ええ!?このジャムを手作りされたのですね。ハンナ妃はまるで魔法使いみたいですね。」

「ありがとう。嬉しいわ。ねえ、そのハンナ妃っていうのはもうやめにしない?どこで誰が聞いているかも分からないし、不用意に使うと危険な言葉だわ。」

「そうですね。もう皇帝も私たちが居なくなった事に気付いているでしょうし。」

「確かにその通りですね。では何とお呼びいたしましょうか。」

「そうねえ、ハンナでいいわ。」

その言葉に二人の顔色は変わった。

「ダメです!それはできません!」

エクラは顔を横に振った。

「その呼び方は私も同意しかねます。」

サーブルも困った顔をしている。

「ではどうしましょうか?」

ハンナにはいい呼び名が思いつかない。

「そうですね、シンプルにお嬢様はどうでしょうか?」

「それが呼びやすいです。」

エクラの提案にサーブルが賛同した。

「では、二人がそれでいいならお嬢様でいいわ。」

お腹が満たされると心も落ち着いた。

「ふう。明日の朝、早くに出発するとしても私の家に着くのは明日の夜遅くになりそうね。皇帝の追手に気付かれない様に大通りなんかは避けているから時間がかかるわ。」

「仕方ありませんわ。見つかって連れ戻される方が危険です。」

「あの、一つ伺ってもよろしいでしょうか。」

サーブルがハンナの顔を見た。

「どうしました?」

「あの、なぜわざわざ皇帝に隠れてお嬢様の家に帰るのですか?」

「あ、その、それは父が危篤で皇帝に許可を頂いてると間に合わない可能性が…」

もしかして本当の事がバレたりしたらサーブルは離脱するかもしれない。そう思うとハンナはどう答えたらいいのか迷ってしまった。

「恐らく、皇帝に伝えた次の日の昼頃に城を出ても、馬車だと一日あれば到着すると思いますが…。何か見てると皇帝から逃げている様に思えまして。」

流石、騎士団の団長を務めてあだけあって指摘が痛い所を付いてくる。

「わかったわ。サーブル。白状するわ。貴方の言う通り皇帝から逃げてるわ。というよりも私の両親に会って確認したい事があるの。サーブルは何故、私の容姿がこんなに変わったのか気にならないかしら?」

「容姿ですか?」

サーブルは怪訝そうな表情した。その表情にハンナとエクラは「もうサーブルとはこのままでお別れかも」と覚悟を決めた。

「私には以前も今も変わらず美しく愛くるしいお嬢様に見えますが。」

そのサーブルの言葉にエクラはハンナの顔を見た。ハンナは唯々、驚いた。

「え、そうなのね。凄く嬉しい。」

ハンナはとりあえずお礼を言った。

「実は、私もお話をしないといけない事があります。」

サーブルの言葉に二人は顔を見合わせた。

「何?どうぞ話して。」

「はい。コット様の前の聖女リテ様なのですが、リテ様はエトワール皇子を命の危険に晒したという罪で地下にある、皇族しか入れない牢屋に投獄されているのです。そのリテ様を牢屋へ連れて行くときに私にこっそりと“これからアンベス皇子の妃になる方がこの城に来られたら貴方が全力で守って下さい”と伝えられたのです。」

サーブルの告白に二人は大きな声を出してしまった。

「ええ!?リテ様はご無事なのですか?サーブルが私を守ろうとしてくれるのはリテ様のお陰なのね。」

「その通りです。リテ様は無事だと思いますが、その時にとても小さな声で“私のせいなのごめんなさい”と何度も呟いておられました。」

その話をするサーブルの目は微かに潤んでいた。

「リテ様。心配ね。どうにかして助けたいわ。」

ハンナは色々と考え込んだ。

「リテ様、やはり酷い扱いを受けていたのですね。私、許せません。」

エクラの頬には涙が伝った。

「まずは、私の家を目指しましょう。それからどうにかしてリテ様を助けるのよ。」

「あ、もう一ついいですか?」

「サーブル、どうしたの?」

「おかしな事なんですが、エトワール皇子もその地下牢に閉じ込められているのです。」

「ええ!?エトワール皇子がなぜそんなところに!?」

「わかりません。リテ様をお連れする時にチラッと見ただけですが。眠っておられるようでしたが、病人に適した環境ではなかったので驚きました。」

「エトワール皇子が、そんな…酷い。」

エクラはリテ様の事に続いてエトワール皇子までもがそんな待遇を受けている事にショックを隠し切れなかった。

「確かに酷いわ。サーブル。話してくれてありがとう。私は心のどこかでもしかして皇帝は本当に私の事を可愛らしいと思って妃に選んでくれたのではないのかと期待していたわ。けれどそんな人達ではなさそうね。今後の事よく考えるわ。」


ハンナはどうしようもない怒りや悲しさを必死に堪えた。

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