第4話
〈ね、買い物連れてってよ〉
それから1週間後に届いたメッセージにはそう書かれていた。
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「…あのさぁ」
「?」
「いつから煉は自転車係になったの?」
「…」
「おいコラそこの無言野郎」
兎からメッセージをもらい急いで準備をしてから30分。
実際俺が買い物行くぞと煉を呼び出したのはもらってから1分後。俺はもう煉の家に来ていた。いつも10時に来ていて家を出るのは55分。ゆっくり歩いてるだけで本当なら2分程で着く。
それが、メッセージをもらったのは55分で56分には煉の家のインターホンを押して呼び出していた。なのになんでこんなに遅いんだ。
「…はい。」
「呼び出したのは?」
「…俺です。」
「急げと言ったのは?」
「…俺です。」
「…じゃあ……じゃあ………———————なんでこんなに遅いんだ?」
「…知らん。」
「今日は6月17日の土曜日なんだよ?」
「……」
「地味に暑い中待たされてる煉の気持ちも考えてよ、」
「ごめんって」
現在10:30丁度。
俺は35分も外にいる。
暑すぎる。
「連絡してみたら?」
「…だな」
スマホを取り出しメッセージを送る。
〈おい、まだか?〉
返信が来ない。
すぐに来るはずだと思い今度は電話をかけてみる。すると今度はまさかの拒否。何かあるのだろうかともう一度かけようかと電話マークを押そうと思った時、兎の家の扉が開いた。
「あ、あの…」
「…何。うちの子に何か用?」
完全にキレていた母親だった。
少し奥に見えた兎は震えていて怯えてるようにも見えた。ただ1つわかるのは、顔が真っ赤には腫れていて目も真っ赤で手首は締め付けられた跡があるということ。
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「で?言い訳を聞かせていただきましょうか。確かお名前は————」
「宇井凪雲です。この度は申し訳ございませんでした。」
「全く許すつもりはないですからね。言い訳を聞くだけなのですから。」
「お母さん、それ以上は—————」
パシっ
いつもなら慣れているこの音も今は拒絶するようになっている。
早く兎を解放してあげたい。この思いだけが俺の胸の中に募った。
煉も不思議な顔をしている。もちろんだ。勝手に連れてきたら勝手に悪者扱いされて酷い仕打ちを受ける。
ごめん、ごめん、ごめんな、煉。
その言葉を何度も何度も心の中で繰り返してから改めて兎の家を見る。
外見もそうだったがとても裕福な家庭で育ったんだなと一目でわかるほど立派に建てられている。
こんな俺とは別格。
「羨ましい」という言葉が頭をよぎり、すぐに消した。こんな感情が表れたのはあの頃以来だ。
何を考えているのか。何を考えれば良いのか。
自分と他人を比べるたびにそんなことを思う。その思考を消そうと思えば消そうと思うほどどんどん強くなる。そしてもっと更に強くなれば怒りが勝手に湧いてくる。
「元々この状況の原因は僕のせいだと分かっていますが、どうしてこうなったのか説明願います。」
本当に久しぶりの本当の敬語を使いきっと汗が一気に出た。
本当に、いきなりいろんな出来事が起こりすぎている。
相手からの返答はまだ無し。
整理をする。
きっと、兎のお母さんは俺が不良だってどこからか噂で聞いたのだろう。俺が家に初めて行った時にはそう既に知っていたのかもしれない。関わっていく中でもし今まで兎が部屋に塞ぎ込むことがなくて家では普通に過ごしていたとすれば俺と関わったせいで娘が変わってしまった—————そう思うだろう。仕方がないこと。もうここは昭和ではない。不良ほどかっこいいなんてルール、通じるわけがない。
それでも俺は兎と関わってみたい。関わると楽しいんだ。
「はぁ?元はと言えば————」
「それは十分理解しています。理解しての質問です。」
「————じゃあ言わせてもらうけどね。人の家に遊びには来てないかもしれないけれどもう少し正装ってもんがあるんじゃない?」
言われて自覚した。
俺はまともに服も買ってもらえないから学校の制服と唯一俺を理解して受け入れてくれる煉の母親が煉のシャツをアレンジして着やすくしてくれている。そんな今の俺の服装は学校で配られているボロボロになって別物にしか見えない制服のダメージズボンとしか言えないズボンにノースリーブの黒いシャツ。今は夏だけど素肌を見せたら体が焼けるよと煉に言われてから学ランを腕を通さず羽織っている。
これはどこからどう見ても不潔な不良だ。
避けられるのは当然。
「申し訳ございません。僕にはこんな服しか着るものがなくて————」
「流石にあるでしょう!?お母さんやお父さんは何を——————」
「お母様。一度落ち着いてもらえませんか。」
煉が立ち上がる。
俺の前に床と水平になった筋肉しかついていない腕が拳を握って現れる。怒った。
煉がここまでして俺を思ってくれることはないんじゃないか—————深々と頭を下げているから顔は見えず、だからこそ泣く事はできなかった。
ただ煉に感謝を小声で言うことしか。
「あんたに何が——————」
「こいつ——————凪雲は今まで苦労しか経験してきませんでした。もし楽しいことや嬉しいことを経験していてももう数十年前で止まっています。着る服も買ってもらえません。今、こいつがシャツを着れているのは僕の母親が手伝っているからです。人と関わることはかなり前————数年前で辞めたはずです。僕とも友達ではなくただ生活にいるから使っているだけです。そんな凪雲が久しぶりに、人と、お嬢様と関わろうと思った。」
「もし、お母様が許してくださるのなら一度お嬢様が凪雲と関わることを了承してあげて欲しいです。僕からのお願いです。」
「そんなの同類のあんたに言われたからって名前も知らないのに」
「お母さん!!この人はこんな見た目だけど学年で5位以内にぃつも、毎回ぃる人だよっ!!!!!!凪雲せんぱぃは本当なら全然勉強しなぃのに最近してるの!!!さっき歩ぃてる時に単語カードが1枚落ちた。くしゃくしゃのが。努力、してくれてるの!!!許してよ!!!」
また、あの時みたいに顔を真っ赤にして兎が話しているのを聞いた。
一瞬何が起きたか分からず顔を上げてまた下げた。
その時横目で見えたお母さんの顔は今にも泣き出しそうで歪んでいた。なぜ娘がここまで感情的になるのか。そう思っているのだろう。
「5位————以内—————?」
「ねぇお母さん!!!!」
最後の最後にはお母さんの目には涙があったらしく、すっきりと透明になって消えそうな笑顔で兎に「信じてあげられなくて——ごめんね。」と言ったらしい。
それは後から煉に聞いた。
俺はお母さんが怒らなくなってもう大丈夫だと確認した兎に手を引っ張られその頃には兎の部屋に居た。
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「先輩。涙なんか出してどうしたんですか?先輩らしくない。」
そう言われると俺は通常なら逆の立場で涙を拭ってもらっていた。
「兎が無事で良かった。」
「あのタイミング。最高でしたよ。あの後巨大パンチが待ってたんです。」
「手は。痛いところは?」
「先輩のおかげで全部吹っ飛びましたよ」
「なら良かった——」
その後の数十秒続いた笑顔の沈黙は今までで1番、人生で1番心地が良かった。
いろんな出来事が起こりすぎて漫画の世界すぎてよく分からないけど、兎が元気なら、俺はなんでもいい————————
と思った。
「あ、そうぃえばお買い物……」
「あ。」
そしてまた大爆笑した。
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