第3話

 まさかのあれから何も連絡がこないまま1週間が過ぎた。

 いきなり連絡先を教えられていつでも連絡してきていいから――――――


 そんなこと言われて信用して本当に連絡してくる奴がどこにいる。

 


 あまりにも人の扱い方をしらない俺に煉は少々驚きながらも「まぁ煉の特殊だしいきなり女子と関われって言われてもねー」とうなずいていた。


 そんな俺らはというと今河川敷で2人乗りをしながら優雅に会話している。これも今となっては日課だ。(この1週間はという話だが)


「しっかしいつになったら学校行くの?もう1週間まともに行ってないんじゃない??」


「別に行ってもいかなくても俺の勝手だろ。」


 相変わらず冷めてんねーと俺が乗っているにも関わらず、両手はスマホにありサドルを全く持たずに漕ぐ煉をもう見慣れてしまった。


 だがさすがに罰が当たったのか次の瞬間には荒れ地と化した雑草の上に転がっていた。


「あはっ!!」


「何笑ってんだ…」


 不幸中の幸運といったところか、自転車は壊れていなかった。


「さすが煉の自転車ー!!生き残ってるー!!」


 わーい!!と子供のように騒ぐ煉を見てやっぱりこいつ子供だ、となんの安心なのか分からない気持ちを抱いて立ち上がった。

 さすがに背中はまだ痛くおじさんのように伸びをしてから自転車を起こす。


「まだここにいよーよ!!!」


「なんでこんな雑草なんかと…」





  ♪~~~~~♪~~~~~~♪~~~~~~





「なんだこの音」


「あっちから聞こえてるねー」


 そう言って煉が伸ばした指の先には小さな人影が見えた。

 どこに行くの、凪雲!!と叫ぶ煉を置いてその音につられるようにして歩いていた。

 近づいていくとあらわになるその姿に俺は驚いた。1週間も連絡がこなかった彼女だった。


「ぁ…」


「…こんちは」


 数秒間の沈黙が流れた。


「今の―――――聞ぃたよね――――――?」


「—————はい。」


「—————忘れてください。」


「え————————」


 俺は忘れてという言葉にびっくりしたんじゃない。前みたいに顔も赤くなってないのに言葉がはっきりと聞こえた。


「だから、忘れてって―――――――」


「何で?」


「なんで?って――――――」


「めちゃ綺麗だった。聞いていて心地が良かった。から来た。————じゃ理由にならない?こんなの忘れるには価値がありすぎて勿体ない————」


 と言ったところで自分がとても偉そうになっているのが分かった。

 慌てて口を抑えると、あはっ!とさっきの煉みたいに笑って。


「せんぱぃ、人格変わりました?元々そんなこと言わなぃでしょ。」


「何で先輩って―――――」


「私の聴覚舐めなぃでくださぃよ。初めの時インターホンで真珠高校2年ですってぃってたのせんぱぃですよ。」


 と、またクスクスと笑う彼女になぜか気が抜けて自分も笑っていた。


「そういえば、名前、聞いてなかった。」


「名前?兎田うだ夏莉なつりですよ。」


「えっと―――――――」


「兎に田んぼの田と夏に草冠の莉。分かりました?」


「分かりました。」


兎田うだでも兎田うさぎだとでも何とでも呼んでくださぃ。」


「じゃあ―――――――うさぎで。」


「兎?そんな人初めて。」


 またクスクスと笑う彼女——————兎に俺はまた笑ってしまっていた。


「せんぱぃは?」


「え?」


「私も名前、きぃてなかったので。」


 そんなの絶対嘘だ。だって真珠2年だって自己紹介も聞こえてたんだろ――――そんなセリフはどっかに消えていた。


宇井うい凪雲なぐも。」


「苗字にが付くんだね、私の嫌いなぃが。」


 始めのだけめっちゃ大きな声で言って全て言い終わった後に少し呼吸が荒くなっていた。


 そしてまた数秒の沈黙の後、兎がでも―――と続けた。


「凪雲せんぱぃ、何で私が話し出す時ちょっと身構えるんですか?」


「なんで凪雲って――――」


「ぃが聞こえずらぃから。それより質問に答えてくださぃ。なんで?」


「—————答えません。」


 そんなこと兎————君に言ったら君のことを全否定することになる。俺はそれが嫌なんだ。無性に。




――――――――――――――




数年前


「おかぁさん!今日の夜ごはんなぁに?」


「今日は————じゃあなっちゃんの大好きなハンバーグにしようか!」


「やったぁー!!おかぁさんだぁーいすき!!」


 でも、その日の夜はお好み焼きになった。


「ちょっと律!!律!?何で!?」


「もう無理だと思ったからだ。大体わかるだろ。」


 その日の夜は床にお母さんの涙が零れ、お父さんの拳が何度も机に響いてまるで雷が鳴っているようだった。


「来週末、これを出しに行く。来週末までに荷物をまとめておけ。」


 子供なりにどういう状況かは察していた。でもなんでお母さんが泣いてるのか、お父さんは怒っているのか分からなかった。

 こんな時なのに月は満月で月の光に照らされて見えたにはという文字が見えた。ただその言葉を理解するのに幼すぎた俺は意味を理解するのに1年かかった。


「なっちゃん、これからなっちゃんはお父さんと一緒に暮らすの。お母さんとはお別れ。バイバイするの。分かった?」


「なんで?」


「いいから。でもこれだけは覚えててね?お母さんはなっちゃんのことが世界———いや、宇宙で一番大好きだって!!」


「うちゅう?」


「そう。一番大きいの。」


「一番?」


「そう。」


「なら僕もうちゅうでいちばんおかぁさんがだぁーいすき!!」


「うん…!」


 その時のお母さんの目には涙が溜まっていた。

 2人ニコニコ笑顔で横断歩道を渡った2秒後、お母さんは赤い液体と一緒に倒れていた。俺はお母さんに押されたのか、守られたみたいで傷一つなかった。

 周りにいた人はすごい声で色んなことを話していて分からなかったけど後からそれは血でお母さんは車に轢かれて亡くなったとわかった。不運にもその容疑者は飲酒をしていて信号が赤だったにも関わらず認識できず突っ込んだという。


 その時、お母さんはこう話していた。


「まさか……本当に死んじゃうとはね……罰が当たったのかしら………律は喜ぶだろうなー、あの人たちは泣いてくれるんだろうか――――なっちゃん、最後に1つだけ言っておくね………」


――――――お母さんは本当に宇宙で一番凪雲がだいすき———————


 これを言ってすぐ、お母さんは息を引き取った。



 そして葬式を終えたその日にお父さんは別の女の人と『再婚』ってやつをした。

 おばあちゃんは「あの人ほど性格が悪い人はいない」って泣き叫んでいた。


「あんたほんっとうにあのクズバカ女の子供ね!!!見たくも触りたくもない!!!」


 新しく俺のお母さんとなった人はお母さんのあの落ち着いた優しい声とは全く違う頭痛がするような高い声で俺を責める――――暴力や暴言を吐いたりした。

 その日から俺は高い声を拒絶するようになった。




――――――――――――――


「まぁ、いつか答えて。いつかは教えてよね?」


 と兎はまた歌を歌い始めた。

 今、とても流行りのあの曲を――――――

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