第5話
〈先輩先週は申し訳なかったです〉
〈気にしないで〉
〈なら今日連れてってください〉
〈今度こそお母さんに許可取ってるよね?〉
〈もちろんです〉
朝起きて歯を磨き終わると通知が来ていた。また連れて行かさせるという。もうなるべくあの家には近づきたくないのだが。
そう思っているのにまたメールが来たと思えば次はこんな内容だった。
〈もちろん今暑いのでインターホン鳴らしてくださいね?〉
先週の二の舞になるぞ、と深いため息を吐いてから兎が学校に行くまでの辛抱だ、ともう一度寝たいと言ってくる重い腕と体を無理矢理動かしていつも着ている服をそこら辺に散らばっている小さい服の山から引っ張り出してきて5秒もかからず着た。
家族として認識されていない俺は挨拶もせず目も合わせず外に出た。手荷物の少ない俺にとっての唯一の荷物は財布とスマホのみだった。そんな俺にはもちろん自転車なんていう概念などは無く煉のを借りるか一緒に乗るかの二択しかない。
そして少し眠たかったのでゆっくり歩きながら煉の家に向かうことにした。
「煉〜?」
『どしたの凪雲』
「兎から連絡あったから向かってる〜準備しといてー」
『いきなりは無理だよ…ご飯食べた?』
「食べれると思う?」
『……笑』
笑いだけ残して電話を切った煉はどんな感情をしているのだろう。もちろん本人にしか知り得ないことなので聞くわけにもいかずとりあえず向かった。
朝なのもあって通勤通学で賑わっているこの道は俺にとっては残酷は程明るかった。
せっかくなので少し通って行こう、と決心して1秒も経たないうちにやめとこうと変えた。特に嫌なことがあった訳ではないがもう生理的に反応するようになっている。人の多いところには自分は合わないから別のところに行く、と。
自分がこうなってしまったのはいつからなのだろうか。少なくとも俺の記憶にはもう自分が元気だった頃はない。本当の母親と父親が喧嘩しているのしか覚えていない。
もし母親がまだ生きていれば…。
何度そう思ったのだろう。
いつも歩いている道とは違うところを歩いて来たのに気づけばもう煉の家に着いていた。
インターホンを鳴らそうとボタンに指が触れた途端、玄関の扉が開いた。
「あ!凪雲!!今来たの?ちょうどよかった!朝ご飯食べて行きなよ!!」
俺とは違う明るい家族と過ごしているからなのか朝なのにとても明るい声で一息に言った煉は「ほら、早く入って、暑いでしょ」と俺の腕を掴んで家の中へと入れる。まるで俺を本当の友達のように。本当の家族を表現した方が正しいのかなとも思った。
「いいよ、別に。申し訳ない」
「え〜????凪雲ってそんなキャラだっけ??いいから食べな!!今日は白米に豆腐とわかめの味噌汁と鮭なんだよ!」
明るく話す煉を見ながら歩いていると気づけばもうリビングの前にいて目の前にはテーブルが置いてあった。
今まで何度も見るのに初めて見たような感覚を感じた。
そしてその上には光に照らされてまるで生きてるかのように脂が反射して綺麗に光っている鮭と米粒が光っている白米、湯気がたって見るからに美味しいお味噌汁があった。うっすらと浮かび上がっている豆腐とわかめが見えた。
「煉とかお父さんとかお母さんとか増やすだろ??俺いたら食べれないって」
「だーいじょうぶ!心配ご無用!お母さん達はね、一度決めた量を食べたらもう増やさないんだよ〜」
「ちょっと煉?誰と話してるの?」
ご飯を食べているはずの煉のお母さんが少し声を張り上げた。
咄嗟にバレたらいけないと思い身を潜めたがそんなことは必要なかったらしく。
「凪雲だよー!朝ご飯食べたいんだってさ!」
「あら凪雲くんなの?食べなさい食べなさい、ご飯なあまりに余ってるからね。食べてもらわなくちゃ困るのよ」
まるで俺が家族とでもいうようにすぐに受け入れてくれすぐにご飯を用意してくれた。
3人家族の日岐家にとってご飯は余るものらしい。そして4人用の机の残り1枠に俺が座ることで少し物足りなく見えた机はやっと満席になった。
久しぶりに食べるご飯は俺の心を満たした。
満たして満たして満たした。
俺は日岐家は朝食のために炊いた白米を全て食べ、味噌汁も全て食べ、鮭は3匹食べた。
食べっぷりに煉のお母さんは「流石凪雲くん」と言ってくれお父さんは「凪雲くんこれからは毎食食べて行きなさい」と言ってくれた。
幸せすぎて本来の目的を忘れそうになり慌てて服を着替えた煉は早速兎の所へと向かってくれた。
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「おっそいせんぱ〜ぃ」
「朝飯食ってたら時間かかったんだよ、悪かったな」
「来てくれたなら別にぃぃですよぉ?」
「で?何買うんだ?」
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今俺達はショッピングモールに何故か来ている。
「ね〜せんぱぃ!どの服が可愛ぃと思ぃますか〜?」
服のかかったハンガーを持ちくるくると回る兎を見ればあの時助けて良かったな、と少しは思う。
それは今の状況を知らないからだ。
「ちょっと凪雲、真剣に選んであげなよ」
「俺女の服には興味ねぇんだよ」
「じゃあせんぱぃの好きな服ってなんですか??それ着ますよ」
好きな服、と聞いた途端よくお母さんが着ていた純白のワンピースとグレーのカーディガンを思い出した。
「白のワンピースとグレーのカーディガン」
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兎の試着が終わった時、びっくりして声が出なかった。
服だけが同じなのに何故かお母さんの影を感じたから。とても似ていた。
兎が美人なだけなのか?と思い、いや違うと思い直した。
兎は決して美人ではない。生意気な後輩だ。それは変わらない。
なのにーーーー
「せーんぱぃ!次はこれ着ますからね!!」
「別に着なくてもいいけど。」
「そんな悲しいこと言わないで〜?こう見えてせんぱぃのこと大好きなんですから!!」
「あーはいはい。勝手に言っとけ」
笑顔で終わった買い物はその後もずっと俺の頭の片隅に残り続けた。
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