第3話 消えた友人と黒髪の女

花村香織は大学時代の友人で、都市伝説や廃墟探索を愛するもの好きだった。数日前、彼女は「異形の村が見つかりそう」と興奮し、深夜にこの地へ向かったまま連絡が途絶えた。僕は焦燥と不安に駆られ、寺へ通い詰めることになる。 夜が深まるほど、寺の内部は日ごとに様子を変えた。最初は散乱していた仏像の破片が、翌晩には不思議と元の位置へ戻り、崩れた仏具を元通りに組み立てているかのようだった。床に転がっていた経巻は、ある晩には真新しい状態で積み重なり、紙一枚一枚に鮮やかな朱文字の呪詛が刻まれている。 ある夜、うっすらと香織の声が風に乗って届いた。 「助けて……お姉ちゃん、こっちだよ……!」 声は怯え混じりで、最後の一音は震えた。声の導くまま、本堂奥の扉を押し開けると、そこには無機質な石の壁。見覚えのない文字が壁面全体に浮かび上がり、どこか囁くように軋んでいる。扉は背後で激しく閉まり、逃げ場はゼロになっていた。僕は恐怖に震えながら、闇に沈む足元をかき分けるしかなかった。

 

寺の地下へ続く石段は、踏むごとにミシリと音を立てる。天井には苔と蜘蛛の巣がびっしりと張り付き、一段一段を下るごとに背中の肉を揉み込むように冷気が這い上がってきた。階段を降りきると、赤い提灯が数十灯、低い梁から等間隔にぶら下がっている。漆黒の影が灯りに揺れ、無数の二重三重の人影を床に落としていた。 その中央に、腰まで届く長い黒髪を乱した女が立っている。白無垢の着物は泥で汚れ、裾は切り刻まれたように土にまみれていた。頬は土気色にこけ、唇だけが不自然に赤く染まっている。女の目はない。かろうじて開いた瞬間、空洞になった瞼の奥から、ぎらりと黒い光が浮かんだ。 女の声は遠い春の歌のように柔らかく、しかし地の底を震わせる轟音を伴っていた。 「ずっと、待っていたの……」 女が一歩踏み出すたびに、提灯の火が青く揺らめき、床にはひび割れた血の筋が走る。祭壇には、香織の髪を束ねたような黒い人形が縛られて置かれていた。顔は不気味に作り込まれ、歪んだ笑みを浮かべたままこちらを見つめている。

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