第6話

夕方の買い物客たちで広場の店は賑わっている。

その横を通り過ぎ、街の外れの森へと向かう。

だんだん、街のざわめきが遠くなり薄暗くなっていく。

ランプを取り出して火を灯し、風の音を聞きながら歩き、紬はさっきの話を思い出していた。

和奏は新しいものには目がなかった。そういう点では宵月と話が合う。

きっと作ることになるんだろうなと紬は思いながら、ため息をつく。


家のドアを開けると、ほろろが駆け寄ってきて「にゃ」と出迎えてくれた。

「ただいま、ほろろ」

しゃがみ込んで頭を撫でてやる。

満足したのか、ほろろは部屋の奥の定位置へと戻って行く。

紬は水筒をふたつ用意して、作っておいたビーカーをかごに入れ外へ出る。

家の中より外のほうが月の光が入りやすいだろうと紬は考えた。

家の裏手から木々を通り抜け、少し開けた場所へと向かい、月を眺めながら呟く。

「もうすぐ満月……」

風が少しひんやりとしていて、上着があればよかったかな、と思いつつ、ビーカーをふたつ切り株の上に置き、水筒から水を注いで、月の光を当てる。

それとランプの灯りは消しておく。

薄明りの中、地面に寝転んだ紬はなにかが体に当たる感触があり、ポケットに手を入れてみると、和奏からもらった金平糖だった。

色とりどりで見ているだけでもかわいい。

(まるで、小さな星みたい)

―――星。

そうだ、星だ。

このデザインにすれば、きっと思っている形になるはず……!

紬は作るものが明確になってワクワクしてきていた。


夜が深くなってきたころ。

ひとつのビーカーの水を持って来ていた水筒へと入れる。

これで光を遮って時間を分けられるはずだ。

もうひとつはあと数時間光に当てておく。そうすることで効果に差が生まれてくるだろう。

金平糖をひとつ、またひとつと口へと運びながら紬は物思いにふける。

悩みはいつまでも尽きないもの。

ひとつ解決すればまた次の悩みが生まれる。

その繰り返しだ。

きっと人は悩まないと生きていけないのかもしれない。

どんなに楽しい時間があっても悩みという問題に囚われてしまうと、前を向くという思いも消えてしまうことだってある。

誰だって言えない悩みを抱えているかもしれない。

それが誰かに笑われようとも本人にとっては、どうしようもないくらいの苦しみやつらさがあるのだ。

だから日常の一部にほんの少しだけ。

ささやかでもいい。

ほんのひと時でも心が休まる時間を―――。


「あ、もう無くなっちゃった」

金平糖が入っていた袋が空になっている。

夜中に食べるのは罪悪感があるのだけれど、時間が遅いこともあってなにか口に入れていないと寝てしまいそうだった。

「これくらいでいいかなー」

残りの水を水筒に入れ、ランプをつけて家へと急ぐ。

これで準備は出来た。

あとは成功するかどうかだ。




翌朝。

寝ぼけた顔で起きてきた紬は冷たい水で顔を洗って目を覚ます。

そして近くにいたほろろを抱きしめて、

「今日もかわいいねー、ほろろ」

と頬擦りをする。

ほろろがちょっと嫌そうにしているのは気のせいだろう。

朝から癒しの時間。

これで今日一日頑張れそうな気がする。

朝ご飯を食べて、作業を始めようとしている紬はふと月が気になった。

なにが気になるのかと言われても、なんとなくでしかないので答えられない。

(あとで図書館へ行こうかな)

紬はそう思いながら準備を進めていく。

まずは、当てていた時間が短い水から。

水瓶に水を入れて、粉を入れる。そこへ香りを数滴と柑橘の花を入れてぐるぐるとかき混ぜる。

均一になったところで思いを込めて、作りたい形に意識を集中させる。

次第に水が形作っていく。


―――コロン。


そっと取り出してみると、金平糖のようなランプが出来上がっている、ように見えた。

「あれ?……欠けてる?」

一部分が欠けたような形で仕上がっていた。

なにかおかしなところがあったのだろうか。

少し前に作ったランプは歪な形をしていただけだったのに。

とりあえず、もうひとつの水も試してみよう。

同じように材料を入れていき、今度はさっきよりも慎重に意識を集中させていく。


―――コロン。


取り出して確認してみる。

「……また、欠けてる」

さっきと同じように一部分が欠けている。

これはこれで使えないことはないのだけれど、やはり売り物にはならないだろう。

原因は一体どこにあるのだろうか。

作ったランプを見比べながら悩むこと数時間。

「……」

考えることを放棄した紬は冷蔵庫からお茶を出しコップに入れて飲んだ。

「わからないものは、時間かけてもわからないよねー」

紬はお菓子でも食べようと棚へと手を伸ばしたときに思い出した。

「そうだ!図書館へ行こうと思ってたんだった」

月が気になっていたので、なんとなく調べに行こうとしていたのだ。

急いで準備をして紬は図書館へと向かった。


お店が並んでいる賑やかな広場を通り過ぎ、住宅街の少し手前に図書館がある。

大きいとは言えないが、それなりに広く、本も豊富だ。

天体の本棚へ向かい、月に関するものを数冊手に取り、窓際の席へと座る。

ページをめくり、興味深いところを読んでいく。

「月の引力……」

海の満ち潮や引き潮は月の引力によって起きているらしい。

(月の引力を利用するのなら、満ち潮のときに海水を取りに行けばいいのかも。)

まぁ、ランプとしての実用性はないだろう。

次の本も言い回しが違うもので内容的には似たようなものだった。

最後は月に関するおまじないの本を持ってきていた。

(結構いろんな方法があるんだなぁ)

紬はおまじないの本が面白くなってきて、やり方を書き留めて試してみようと思った。

あれも、これも、と書いているうちに、気になるものが。

「月が満ちているときが効果的……」

月が満ちている。つまり満月のこと。

もしかして、欠けていたあのランプは、満月の光ではなかったから?

満月の水だとあのランプは成功する?

それなら、月齢表で確認すればいい。次の満月は……明後日!

紬は本を片付け、図書館を出ていった。




どうすればいいんだろう。

この前怒らせたのに、会いに行っても大丈夫だろうか。

それとも大人しくしているべきか、宵月は思い悩んでいた。

「宵月さん、なにか悩み事?」

和奏がコーヒーを宵月の前に置きながら問いかける。

「……まだ怒ってるかもしれなくて」

「一体、誰を怒らせたのよ」

「……紬」

和奏は、なんとなくわかった。

この前、紬が来たときに話していた内容のことだろう。

それに和奏も作ってほしいと言ったのだ。

一番最初に見せに来てほしい、と。

「紬ちゃんは怒ってないと思うわ」

「どうして和奏さんがわかるんだよ?」

「だって、この前話を聞いたんだもの。紬ちゃんの作るグラス。きっと素敵なものになるんでしょうね!今から楽しみだわ!」

とっても楽しそうに和奏は宵月に話す。

「そりゃあ、紬が作るんだから良いものになると思う。あれは売れる。俺の勘がそう言ってる」

それでも怒らせたのは事実だ。

今、紬に会ったとしても気まずくなるだろう。

「宵月さんは、紬ちゃんの前では敬語だし、名前だってさん付けで呼んでるのに。いないところじゃ呼び捨てなのね」

和奏はクスクスと笑いながら宵月を見る。

「そ、それは……仕事上だから普通だろ!」

「あら?私には敬語じゃないのに?」

「ここには客として来てるんだから、敬語使う必要ねぇだろ」

そう言って宵月はコーヒーを口にする。

「それもそうね」

ふふっと笑って和奏は、心配しなくても大丈夫だと宵月に言う。


―――カラン。


店のドアが開いて誰かが入って来たようだ。

「いらっしゃいませ!……あら、紬ちゃん!」

和奏の元気な声は紬の名前を口にした。

(えっ、紬!嘘だろ!)

「っ、ゴホッ、ゴホッ!」

思わず飲んでいたコーヒーでむせかえった。

「ちょっと大丈夫?」

和奏が新しいおしぼりを持って駆け寄る。

宵月はまだ咳き込んでいたが、宵月は手を少し上げて大丈夫だと伝えた。

「……宵月さん?」

背を向けているはずなのに名前を呼ばれた宵月は一瞬固まった。

「こんにちは、つ……」

「この前はごめんなさいっ!!」

気まずさはあるものの、仕方なく紬の方を向いて声をかけたら、紬の言葉に遮られた。

「……は?」

宵月は驚きのあまり、目をぱちくりさせている。

「あの、私の言い方が悪かったので、謝らないといけないなって思って」

俯きながら話す紬はだんだん声が小さくなっていく。

宵月は席を立ち、紬の側まで近寄る。

「顔を上げてください、紬さん」

紬が顔を上げると宵月と目が合う。

「あれは俺も悪かったんです。正直なところ、作ってほしいという気持ちはありますよ。でも紬さんの気持ちを聞いてなかったですよね。……すみませんでした」

「え、いや、そんな。えっと……」

どうしよう、とオロオロし始めた紬は和奏を見た。

「仲直り出来たならそれでいいじゃない。宵月さんも紬ちゃんも座って」

宵月と紬は和奏に促されるままに座る。

「さぁ、甘いものでも食べて、気持ち切り替えていきましょ」

ウィンクしながら和奏が出してくれたのは、パンケーキだった。

見るからにふわふわなパンケーキの周りには色とりどりのフルーツ。

そしてアイスクリームと生クリームが添えられている。

「これ、食べてもいいんですか?」

目をキラキラさせながら紬は和奏に聞いてみた。

「もちろんよ」

「じゃあ……いただきます」

ナイフで一口大に切り、生クリームをつけて口へと運んだ。

「……お、おいしい」

ふわっふわの触感に口の中でとろけるような感じ。

幸せでいっぱいになる感覚がする。

次から次へとパンケーキを口へ入れていく紬はとても幸せそうな顔をしていた。

(あぁ、幸せそうな顔してる紬もかわいいな)

紬を見ながら宵月もパンケーキを食べる。

仲直りが出来たので一層おいしく感じていた。

それにしても紬が街にいるのは珍しい。

「あの、紬さん。依頼のランプはどうでしたか?」

パンケーキをゴクリと飲み込んで紬は宵月を見た。

「思ったものは作れましたけど、あと少しなんです」

「あと少し?」

「はい。一番効果的なときがあるみたいなので、それがうまくいけば完成します」

完成したのかと思っていたが、どうやら完成したわけではないみたいだ。

「もう完成間近なのであと一回、天体観測すれば多分大丈夫ですよ」

「天体観測?」

「待ち時間に空を見上げてるので」

待ち時間。空を見上げてる。

それはもしかして―――。

「夜に外へ出ているということですか?」

「そうですよ。直接のほうが効果がありそうなので」

なにか変なこと言いましたか?と言わんばかりの顔で紬は答える。

「いくらなんでも危ないでしょう!?襲われたらどうするんですか!」

「んー、人はいませんし。あの場所にはクマも来ないみたいなので」

「ダメです!」

宵月は声を荒げる。

「暗い上に、いつなにが出てくるかわからないんですよ!」

「ちゃんと灯りは持ってます」

「そういう問題じゃないんです!」

「で、でも。そうしないとお仕事終わらないので……」

宵月は、ふぅと息を吐き紬を見て言った。

「じゃあ、俺が一緒に行きます」

「……過保護」

ボソッと和奏が呟く。

「なにか言いましたか?和奏さん」

「なーんにも言ってないわよ」

宵月が軽く和奏を睨んでいるけれど、和奏は気にしている様子もなく。

「大変ね、紬ちゃん」

と、紬の頭を撫でた。


宵月が危ないだの、襲われるだのと口うるさく言ってきたので、最終的に紬は宵月と一緒に星を見ることになった。




満月の夜。

思ったよりも明るくて、ランプはなくても大丈夫なくらいだが、一応持っていく。

そして宵月が一緒なこともあり、作るための道具もリュックに入れて用意している。

戻ってから作るよりも、その場で作ってしまえば結果がすぐにわかるので手間を省くためだ。

「へぇ、こんな場所があったんですね」

「空がよく見える特等席です」

紬はそう言って、水を取り出してビーカーに注いで切り株の上に置く。

「あとは待つだけなので、自由にしててください」

そして紬が、ごろんと地面に寝転ぶと宵月は寝転んだ紬の横に座る。

「前のときも、こんな遅い時間にここへ来ていたんですか?」

「はい。直接光を当てたほうが良さそうだなと思って。家だとほろろに水を飲まれてしまうこともあるので」

「ひとりでここにいて怖くはなかったですか?」

極端には怖くない。

けれども絶対ということではない。

それよりも……。

「どちらかと言えば、怖いよりもなんていうか。……どことなく寂しい感じが」

「寂しい……?」

「えっと、月明かりがあるので優しく感じられるんです。それでちょっと感傷的になって。ぼーっとしてると、そういう思いが出てくるんです」

太陽は元気をくれる感じがする。ものすごくエネルギッシュで。

でも月はただ見守っている。そんな優しさがある。

「紬さんでも感傷的になるんですね」

宵月は、ふふっと笑いながら紬を見た。

「なっ!……私だってそんなときくらいありますよ!」

少し顔を赤くして怒っている紬は宵月に背を向けるように体ごと横を向く。

「まぁ感傷的になったら、紬さんのこと思っている人がいることを思い出してください。……その、お……」

俺も思ってるから、とでも宵月は伝えようとしたのだろうけど、もごもごした感じになってしまって紬には聞こえていなかった。

肝心なところが言えない宵月だった。


そうこうしている間に時間は流れ、充分に月の光を当てることができた。

紬はリュックから水瓶を取り出し、光を当てた水を入れて香りを数滴と柑橘の花を入れる。

「あ……、忘れるところだった!」

慌てて粉を入れてかき混ぜる。

「肝心なところで間違えないでくださいよ、紬さん」

「ちゃんと入れたから大丈夫です」

宵月に心配されながらも、ここからは集中をしなければならない。

形をイメージして思いを込める。


(晴留さんが毎日幸せな気持ちで過ごせますように)


そして、徐々に形作られていく。


―――コロン。


そっと取り出してみる。

「変わった形、なんですね」

出来上がったランプを見て宵月は不思議そうにしている。

いつもとは違う形のランプだから余計にそう感じるのだろう。

紬は宵月の言葉を聞きながら、出来上がったランプをくるりと回しながら確認していた。

「欠けて……ない」

もう一度くるりと回しながら紬は確認した。

そして出来上がったランプをそっと切り株の上に置いて火を灯す。

キラキラしていていい香りがするランプ。

「……やったぁ!出来たーー!!」

紬は喜びのあまり、宵月に抱きついた。

「ちょっ、ちょっと!つ、つ、紬さん!?」

予想外の出来事に宵月はあたふたしていて手のやり場に困っていた。

「これで晴留さんに渡せますね、宵月さん」

顔を上げて紬は言っているが、身長差のせいでどうしても紬が上目遣いで見ているように見えてしまう。

(うっ。……かわいい)

宵月はそう思いながら、片手を紬の背中にまわし、もう片方の手で頭を撫でてやる。

「頑張りましたね、紬さん」

「……はい!」

とびっきりの笑顔を見せる紬に宵月は、こんなにかわいい紬が見れるなんて……。一緒に来てよかったと心の中でガッツポーズをしていた。




太陽は辺りを明るく照らし、風が頬を撫で、鳥が囀る。

そしてなぜだか体が重い。

紬が目を開けるとほろろが上に乗っていた。

「おはよう、ほろろ」

手を伸ばしてほろろを撫でてやる。

気持ちよさそうに撫でられているほろろを見ると心が和む。

今日もいい日になりそうだと、ベッドから出て背伸びをする。

それから水やりをしようと外へ向かう。

じょうろを持って水を撒くと葉っぱについた水滴が光に反射してキラキラしている。

紬は、なにもないところにも水を撒き、鼻歌を歌いながら小さな虹を作って楽しんでいた。

水がなくなったので大きな木の下に座り、空を見上げて雲が流れていくのをぼーっと見ていたそのとき。


―――トントン。


「紬さん、起きてますか?」

宵月の声が聞こえる。

「紬さーん」

家の陰に隠れてそーっと覗き見る紬。

返事がないので、どうやら宵月は諦めて帰って行くようだ。

ほっと胸を撫でおろし、戻ろうとしていたら……。

「見つけましたよ」

怖いほど笑顔の宵月が目の前に立っていた。

「ひっ!よ、よよ、よ、宵月さん!なん、で……」

「なんで?用事があるからに決まっているでしょう」

宵月は紬の手を取り自分のほうへと引き寄せ、顔を近づける。

「どうしてこうも隠れたがるんでしょうね、紬さんは」

「いや、あ、あの。ちょっ、ちょっと!」

紬は後ろへ仰け反っていたのだが、後ろへ手をまわされて身動きが取れなくなってしまっていた。

「今日がなんの日か覚えてますか?」

「き、きょ、今日です、か。えと、えと。あの……わ、わかりません」

「はぁ……依頼人と会う日だとあれほど言っていたのに?」

「そ、その。あの、ごごご、ごめん、なさ、い!……ち、ちちちち、近い、近いんですよ!は、離れて、くだ、さいっ!」

宵月の顔が近くにあるせいでうまく話せない紬は、顔が赤くなり思考もうまく働かなくなっていた。

(綺麗な顔は遠くから眺めてるだけで十分なのに。あんなに近いと凶器でしかない!)

仕方なく放してくれた宵月から距離をとって呼吸を整えた紬は、宵月にお茶を出して少し待ってもらうことにした。

作ったままケースにしまっておいたランプ。

商品なのでさすがにそのまま渡すわけにはいかない。

割れないようにクッションをランプに巻いて箱の中へと入れる。

そして、元気が出るようにオレンジのオーガンジーリボンでふんわりと結べば完成。

「お待たせしました」

紬は、ほろろと遊んでいた宵月に声をかけた。

「では、行きましょうか」

ほろろの頭を撫でてから宵月は椅子から立ち上がった。


毎日賑やかな広場を横目に通り過ぎ、少し外れにあるカフェへと向かう。

店の中へ入ると、いつもよりもたくさんの客で賑わっていた。

「あ、いらっしゃい。いつものところに通してるわよ」

忙しそうにしている和奏が紬と宵月に声をかけてくれる。

「ありがとうございます、和奏さん」

宵月がお礼を言って奥の席へと向かう。

すると、なんだか落ち着かない様子の晴留と目が合った。

「晴留さん、こんにちは。どうかされましたか?」

宵月が心配して声をかける。

「あの。大したことではないんです。ただ、人が多いとちょっと落ち着かなくて。すみません」

晴留は申し訳なさそうに答えた。

「今日は結構賑わってますからね。温かい飲み物を頼んでおきましょう」

温かい飲み物は気持ちを落ち着かせてくれる効果がある。

和奏に飲み物を注文して席に届くまで、他愛のない話をしていた。

「お待たせしました。ごゆっくり~」

和奏は手を軽く振って仕事へ戻っていった。

「とりあえず、飲んでからにしましょう。ココアはリラックス効果もあるんですよ」

「はい」

宵月は晴留に説明をしてココアを飲む。

「あ、おいしい」

晴留の顔が緩んでいく。

この辺で話始めてもいいかな、と紬は紙袋をテーブルに置いた。

「晴留さん、ご依頼のランプが出来ました。確認してもらっていいですか?」

紬は紙袋を晴留のほうへと差し出す。

それを晴留は受け取り、中から箱を取り出した。

「ラッピングまでしてあるんですね。かわいい」

柔らかく微笑む晴留は、箱を開けてランプのクッションを外したところで止まる。

何度か瞬きをして、手のひらサイズのランプをくるくると回して見ている。

「どう、でしょうか……?」

「紬さん。……このランプ」

じーっとランプを眺めていた晴留はテーブルの上へランプを置いた。

「すっごくかわいいです!!全っ然、想像と違いました!」

かわいい、素敵、と言いながら晴留はランプを眺めている。

「灯りをつけてもらってもいいですか?」

「わかりました」

晴留がランプに火をつけると、ふわりと香りが広がる。

「わぁ。いい香り。それにランプがキラキラして見えますね」

「晴留さんが選んだ香りを入れてます。好きな香りのほうが落ち着くと思うので。あと、そのランプの形は星をイメージしているんですよ」

「星、ですか」

「そう、星です。流れ星に願い事をするように身近に星があればと思いました。なので、元気がほしいとき、勇気がほしいとき、落ち込んだときなどにランプを点けてください。きっと晴留さんの力になってくれますから。もちろん、なにもなくても使ってもらえるとうれしいです」

「……紬、さん」

晴留は、ぽろぽろと涙を零しながら、

「見ているだけでも、充分元気が出ます。すごくうれしいです。ありがとうございます!」

と、紬の手を握りお礼を言った。

「こんなに素敵なものを作ってもらえるなんて思わなかったです。見てるだけで幸せというか心が落ち着いてきますね」

「気に入っていただけてなによりです。では、今回の依頼はこれで完了とさせていただきますね」

宵月がまとめに入る。その横で紬は冷めたココアを飲んでいた。

満足してもらえたのなら、こちらとしてもうれしい限りだ。

「本当にありがとうございました!」

晴留は何度もお礼を言って帰って行った。


「終わりましたね。紬さん、お疲れ様でした」

晴留が帰ったあと、宵月が紬に声をかける。

「願いを叶えるなんて、そんな大層なものは作ってないですけど。晴留さん、これから前向きに過ごしていけるといいですね」

「きっと大丈夫ですよ。なんといっても、紬さんが思いを込めて作っているんですから」

紬は手のひらの金平糖を見ながら微笑む。

「あれ、それって……」

宵月は紬の手から金平糖を取ってまじまじと見る。

「さっきのランプの形。金平糖だったんですね」

「かわいいなと思って。それに星にも見えたので参考にしたんです」

誰かに頼まれて作るときはイメージが大切になる。

いつも通りのランプでは、作っていてもどこか納得がいかないものになってしまうからだ。

それに、納得がいくものを作ろうとすれば、かなりの時間がかかる。

紬は気ままに作ることが好きなので、基本的には依頼は余程のことがない限り受けていない。

まぁ、宵月が勝手に受けることもあったりなかったり……。

「でもこれで、当分お仕事しなくてもいいんですよね、宵月さん?」

紬が約束したよねと言わんばかりに、にんまりと宵月のほうを見る。

「……一週間だけ、ですからね」

宵月は、ため息をつきながら仕方なさそうに言う。

「やったぁ~!お休みだーー」

嬉しそうにはしゃいでいる紬を見て、宵月は次の仕事にやる気を出してもらえるのなら、それでもいいかと思っていた。

「あ、そうそう」

鞄の中から紬は袋をひとつ取り出して宵月に差し出す。

「これ、宵月さんにあげます」

「え、俺に……?」

突然のことに驚いた宵月は、袋を受け取ったまま固まっている。

「開けてみてください」

そう言われて袋の中身を取り出すと。

「……これ、さっきのランプ」

「形は同じなんですけど。よく見てください。ここが欠けてるんです」

紬はランプの欠けている部分を見せてきた。

「処分しようか迷ったんですけど、アドバイスをくれた宵月さんに使ってもらえたら、と思って。ただ、香りは晴留さんと同じものになるんですけどね」

えへへ、と笑いながら紬は続ける。

「完璧よりも、未完成のほうが伸びしろがあっていいと思いませんか?」

宵月は微笑む紬を見て感動していた。

紬の言った言葉にではなく、ランプをもらったことに対して。

(俺にプレゼント。それも紬から……!)

震えている宵月を見た紬は、失敗作を渡したことを怒っているのだと思った。

「あの、やっぱり、未完成のものなんて、いらない、です、よね……」

失礼だったなと宵月の手からランプを取ろうとしたそのとき。

宵月が紬の手をぎゅっと握った。

「このランプ、本当に俺がもらっていいんですか?」

「えっと、その。迷惑、で、なければ」

「迷惑だなんて、そんなことありません!一生大事にしますから!」

宵月の少し大きな声が聞こえたのか、和奏がこちらへとやってきた。

「ちょっと、他のお客さんもいるのよ?声はもう少し落としてもらえると嬉しいわ。……あら?」

注意をしにきた和奏の目に留まったもの。

宵月の手からひょいっと取り、まじまじと眺める和奏。

「あっ!!」

宵月が声を上げる。

「もしかして、紬ちゃんの?」

「はい。それは正規品ではないんですけどね」

ここのところが欠けていて、紬は説明をしている。

「……ものすごくいいわっ!ねぇ、これもらってもいい?」

「っ、和奏さん、それは俺の!なんですからね」

宵月は立ち上がって和奏に訴える。

「あら、心が狭いのね。宵月さん。」

「狭くて結構です。紬さんから俺へのプレゼントなんですよ」

ドヤ顔をしながら宵月は和奏を見た。

「宵月さんって……子どもみたいね」

「どっちがだよ!」

クスっと笑う和奏に宵月が言い返し、紬はこのやりとりが、ずっと続きそうだなぁと思った。

「ふたりとも仲が良いんですね」

紬は微笑む。

「まぁ、昔から知ってるからね」

和奏は宵月を見ながら笑う。

「なんでも横取りしてくるだけですよ」

ムスッとした顔で宵月はランプを取り返す。

「あーっ!宵月さんが取った!」

「違うって。これは俺のだって言っただろ!」

「まぁまぁ、落ち着てください。和奏さんにも同じものでよかったら用意してきますから」

「本当っ!うれしいわ!」

「でも、欠けてるものでいいんですか?」

紬は少し不安に思ってしまう。

和奏は紬の頭を撫でながら微笑む。

「いいのよ。不完全なほうが魅力的ってこともあるのよ」

さっき紬が宵月に言ったようなことを和奏が言う。


不完全だから魅力的。


そんな風に思えることが素敵だなと紬は思う。

きっと完璧にできなくていいし、ならなくていい。

それが持ち味になってくるんだ。


「和奏ちゃーん、さっきからいい香りしてるんだけど、なにか作ってるの?」

他のお客さんから声がかかる。

「ふふふっ。これは森の魔女の魔法なのよ」

「森の魔女って、あのランプの?」

「そうよ。このお店にも、もうすぐ願いが叶う魔法がかかるの」

「ちょっと和奏さん!」

紬は、なんということを言い出すんだと、小声で和奏に訴えたけれど。

「だけど、森の魔女は気まぐれだから。ここへ来てくれたらその恩恵を受けられるかもね」

「相変わらず商売上手だな、和奏ちゃん」

笑い声に包まれた店内で、紬はひとり冷や汗をかいていた。

(私だとバレたら、なんか怖いな)

願いが叶う魔法だなんて、そんな大層な魔法はかけられないけれど、誰かの力になれるものは作れるかもしれない。

それでも絶対はない。

その人の受け取る感覚によって違ってくるからだ。

難易度が上がるので出来れば受けたくないというのが本音。


こうなりたい、こうしたい。

そんな思いがいつでも溢れている。



思いは願いになる。

だから人は願わずにいられない。

大切な思いを抱えているからこそ願いが浮かび上がる。

そしてそれは祈りに変わる。


星に願いを。

月に祈りを。


静かな夜に優しく見守ってくれるものがいる。

そこにちいさなランプを携えて。

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静かな月とランプの灯り 佐伯ひより @pieni-onni

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