第9話「情報干渉者ネブロスと、囁かれた裏コード」

 次元の裂け目を越えた先──そこは、世界とは呼べない空間だった。


 色彩は消え、音も遅れて届く。視界全体に“データの雨”が降り注ぎ、重力すら不定。感覚すべてが鈍り、身体が自分のものではないような錯覚を覚える。


 ルカが顔をしかめた。


「……ここ、ダメね。私のナビシステム、完全に機能停止してる」


「ナビって……」


「言ったでしょ? 私はAR3の副次AI。一定の環境がないと情報処理ができないの」


 この場所が、公式空間に存在しない“情報干渉領域”であることを、レンたちはすぐに理解した。


 と、そのとき。


 空間に“ノイズ”が走った。


 ビリビリと皮膚が焼けるような情報の電流。そして、空中に浮かび上がる“目”──いや、“観測点”。


『観測開始──対象:コードX、兵装No.4、副次AI個体001』


 無機質な声が、空間中に響いた。


「……誰だ」


『私は《ネブロス》。情報干渉者。すべてのバグの観測と収束を司る』


 現れたのは、人とも獣ともつかぬ異形。機械のようであり、肉体のようでもある。ノイズを纏ったその姿は、“存在を認識すること”すら困難だった。


「何の目的で俺たちの前に?」


『観察と記録。コードXは未完成。その成長過程を確認することが目的』


「成長……?」


『現在、コードXは“再構成権限の前段階”にある。共鳴スキルとの連動によって初めて、真価を発揮する』


 そして、ネブロスはつばきの方を向いた。


『兵装No.4──お前の内部には、封印された裏コードが存在する』


「裏……コード?」


 つばきの目が揺れる。脳裏に、なにかが響いた気がした。


──ツカサ、ツカサ、はやく逃げて──


 記憶の断片。誰かの声。だけど、それは“彼女の中の彼女”が知っているもので──


 つばきは頭を押さえて崩れ落ちた。


「つばき!」


『干渉開始──記憶層にアクセス』


 レンは咄嗟にステータスカードをかざす。


「やめろッ!」


【共鳴スキル発動──状態異常:記憶侵食を遮断】


 スキルが暴走する。


 赤と青の光が重なり、つばきの身体が一瞬“光の粒子”に分解されかけた。だがその手を、レンが強く握っていた。


「大丈夫だ。俺が止める。お前の中の“何か”が暴れても、絶対に──」


 共鳴値が閾値を超え、つばきのステータスに新たな表示が加わった。


【コード判定:αの素因、確認】

【封印状態継続中】


 ネブロスが微かに唸った。


『なるほど……やはり“α”はここにいたか』


「“α”? それがなんだ!」


『真なる再構成の最終コード──世界を“書き換える”ことすら可能な、禁忌の鍵』


 ネブロスの姿が徐々に消えていく。


『観測はここまで。次に会うとき、君たちは“鍵”となるだろう。世界を壊すための──な』


 完全に姿を消したその場に、“バグの残滓”がゆらゆらと揺れていた。


 つばきは、レンの胸に顔をうずめたまま、震えていた。


「……私、こわい。私の中に、知らない私がいるみたいで……」


「大丈夫。誰が何を言おうと、“今のお前”を信じるって、決めたから」


 ルカが、珍しく沈んだ声で言った。


「コードαが目覚めるなら……この世界、もう止まらないかもしれないわよ」


 その言葉の意味を、レンはまだ全て理解していなかった。


 だが、それでも。


「進むしかねぇよな。バグってんなら──最後まで、な」


 そしてレンたちは、情報の海を抜けて、次なる領域へと向かった。

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