第6話 おわりよければ

 地球に戻ってくると、あの港の古びた倉庫の横に着陸した。

 すると、宇宙船のカッコいい操縦パネルやシートが消滅して、僕達はうす汚れた土管の、ただのコンクリート壁の前に座っていた。

 何だか大切な何かが抜け落ちてしまったような、救われない気持ちになってくる。


「もうすっかり夜になってしまったわね。急いで帰らないと家の人にしかられるわよ」

「いや、まだ平気だよ」

 決して平気ではないのだが、カーナと分かれがたくて、つい嘘をついた。

「いいえダメよ。私も帰るから、サトルも帰りなさい。明日、学校で会えるのを楽しみにしているわ」

「分かったよ。また、明日ね」


 二人して土管から出ると、手を振って別々の方向に別れた。

 その夜は宇宙での冒険を思い出して、興奮で寝つけなかった。

 ベッドに横になってみると、あれが現実に起こったことだとは、とうてい信じられないような気がする。

 何しろほとんどの人類は、未だに地球重力圏内でウロウロしているのだから。


 でも、僕が土管宇宙船で数々の冒険をしたことは、身体が感覚として覚えている。 

 巨大宇宙生物を駆除して津波の奔流に呑まれたこも、特大光子魚雷を爆発させて気絶するほどの加速Gを受けたことも、その感覚をはっきりと思い出せる。 

 僕はバイナリースターのカーナとともに、間違いなくあの宇宙を駆け回ったのだ。

 明日カーナと会えたら、今日の冒険のことを飽きるまで話し尽くそう。

 疲れていたのだが、そんな事を取りとめもなく考えていたから、眠りについたのは真夜中を回ってからだった。


 翌朝、学校に着くとさっそくカーナに会いに行った。

 彼女のクラスに入ってぐるりと見回してみるが、カーナの姿はない。まだ登校していないのだろうと思って、始業時間ギリギリにもう一度いってみたが、やはり姿が見えない。


 今日は疲れて休んでいるのかもしれないと、近くにいる女子に声をかける。

「カーナは休みなのかな」

「カーナって誰?」

「このクラスにいる『美月かな』のことだよ」

「え~。そんな子はいないよ」

 女の子は不思議そうな顔をする。


「お前、夢でも見てるんじゃないの?」

 去年のクラスメイトの男子が、面白そうな顔でからかってくる。

「えっと、本当にいないのか?」

「当たり前だろ」

 そう言うと、大笑いをする。周囲にいたやつらも、みんな腹を抱えて笑っている。

 何が何だか分からなくなって、僕はその教室から走りでた。


「だって、カーナがこのクラスにいたことは、僕がしっかり覚えているんだから」

 そうつぶやきながら廊下を捜しまわっても、カーナを見つけることはできなかった。

「そうだ、バッジだ」

 銀河管理機構でもらったバッジは、騎士の身分を証明するだけでなく、お互いに連絡を取り合うためにも使える通信機だと説明された。

「あれならカーナと連絡が取れるはず」


 僕はポケットからバッジを取り出すと、真ん中のボタンを押してみた。

 しかし、何も起こらない。

 携帯電話のように通話できるのかと思っていたのだけど、どこかとつながるような気配はまるでない。

「そうか。宇宙にいないからつながらないんだ」

 そう思うことにして、放課後になると早々に学校を出て港にいった。


 あの古びた倉庫の横には、昨日と同じように土管が空に向かって口をあけていた。

 しかし、そこにもカーナの姿はない。

 土管の中に入ってみたが、宇宙船に変わることもなく、日暮れまで待ってみてもカーナが来ることはなかった。

 バッジのボタンを何度も押してみたが、ペコペコという安っぽい音がするだけで、やはりどこともつながらない。

「うそつき……」

 思わずもらした独り言が、ことのほかむなしく響いたことに驚いて、その日はしぶしぶ家に戻った。


 それから六年が経ち、僕は十六才になった。

 いまだに港の倉庫には足を運んでいるのだが、いつもただの薄汚れた土管があるだけで、カーナの手がかりは何ひとつ得られていない。

 今ではあの宇宙での冒険は、土管の中で居眠りをしながら見ていた夢で、バッジはたまたまどこかで拾ったものではないかとさえ思えてくる。

 何しろそれは安っぽい缶バッジで、ボタンもそれらしい模様が中央に印刷されているだけのおもちゃなのだから。

 それでも捨てられずに、今でもズボンのポケットに忍ばせて持ち歩いている。


「十六才の誕生日なのに、こんなものを持って港をうろついているなんて、バカだとしか言いようがないよね」

 苦笑いを浮かべながらも、またあの古びた倉庫に足が向く。

 倉庫の横には、もう見飽きてしまった古土管が、相変わらずの姿でそこにあった。

「こんな汚い土管が、宇宙を飛ぶわけがないよな」

 つぶやきながら、今ではすっかり小さくなった土管に入ってみる。いや、土管が縮小したのではなく、僕が大きくなったのだが。


 土管の床に座って、空を眺める。

 今日はいい天気で、青空には白い雲が漂っている。こんな日は、土管の中に座っているだけでも、何だか安らぐ。

 ほっと息をつきながら、いつもの癖でポケットから缶バッジを取り出して、真ん中のボタン模様を押してみた。


 すると突然、目の前に宇宙船の操縦パネルが表れた。

 あの日見たパネルに間違いない。

 そしてそのモニターには、一行の文字列が浮かんでいた。


『あなたは、銀河管理機構のギャラクシーナイトになる覚悟はありますか』


 それは、信じられない光景だった。

「なんだよ、これ……」

 その文字列を何度も何度も読み返して、ようやくイエスのボタンにタッチする。

 すると、隣に誰かが座っているのが分かった。

 横を見ると、凄い美人がいる。


「カーナか?」

 震える声で呼びかけた。

「あら、バイナリースターのパートナーを忘れたのかしら」

 彼女はツンとすまし顔をしている。

 しかし、それはすぐに嬉しそうな笑顔に変わった。

 その優しい笑顔は、間違いなくカーナだった。相変わらずとびっきりの美少女だったが、少しばかりおとな顔に変身している。

 六年もあれば、お互いに成長するものだ。

 だから今では、狭い土管の中に二人で座れば、避けようもなく肩がくっついてしまう訳で、その身体の感触に舞い上がりそうになっている。


「ギャラクシーナイトになれば、もう地球には戻れないわよ。それでも良いの?」

カーナは真顔になって僕の顔をのぞき込む。

「もちろん、かまわないよ」

 この六年間、僕は前にもまして孤独だった。カーナのような友達はできないし、両親とも妙な距離を感じていた。確かに、暇さえあれば安物の缶バッジを眺めて、思いつめた表情でため息をついている息子など、腫物扱いになって当然だろう。

 だから、地球には未練がなかった。


「でも、どうして今まで姿を見せてくれなかったんだ」

 それはなかばうらみ言の、僕の素直な疑問だった。

「地球を捨てる覚悟を、十才の子供に求めるのは非常識だと思わない?」

 きっと銀河管理機構が、僕のギャラクシーナイトへの登用を、一時保留にしていたのに違いない。

「そういうことか……。だから十六才の誕生日に来てくれたんだ」

 きっと銀河では、十六才が成人年齢なのだろう。

 ふふっと笑うと、カーナは操縦パネルを操作した。

「土管宇宙船、銀河管理機構に向かって発進します!」

「おう!」

 気がついたら、僕は宇宙にいた。


                                 おわり


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ボッチは趣味だが、美少女と出会うこともある 黒糖花梨人 @Peterbaron

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