第5話 光子魚雷

 目をこらして霧を見つめていると、一瞬目の端を赤く光るものがよぎった。

「何だ、あれは?」

「あれって?」

「今、あっちの方向に赤く光る点が見えたんだ。霧とはまるで異質な何かだったよ」

「分かった、追いかけてみるわ。それがチャンスにつながるとは限らないけど、藁があるならつかんでみましょう」


 カーナは土管宇宙船を僕が指さした方向に転進させた。幸いその赤い点は霧の中心部に向かって落ちていたから、船を降下させて何とか追いつくことができた。

「思った通りだわ。あれは光子魚雷よ。しかも特大サイズ」

「どうして霧の中にそんなものがあるんだ?」

「どこかでプラネットイーターに撃ち込まれた光子魚雷が、不発弾となって漂っているのよ。光子魚雷の外殻は反物質を閉じ込めるために強固につくられているし、シールドも特殊なものだから、今まで吸収されずにいたのね」


「利用できそうか」

「この船の主砲を撃ち込めば、起爆できるわ」

「まてよ。それって半端なく強烈な爆発になりそうだけど、船体は耐えられるのか」

「主砲を撃つと同時に全力ダッシュで離脱するわ。初動速度が十分であれば、激しい衝撃波にあおられても、船が破壊されることはないはずよ」


「危険な賭けだよね。――でも、他に有効な手段はなさそうだし、思い切ってやってみるか」

「ええ、やるだけの価値はあるわ」

「分かった。今から主砲で光子魚雷を撃つよ」


「待って、すぐに離脱できるように、船を反転させておくわ。オートパイロットを使って、砲撃と同時にパワー全開でダッシュするわよ」

 カーナは船を反転させてオートパイロットをセットすると、指を振って合図した。

「了解」

 僕は慎重に赤い照準円の中心に光子魚雷の赤い光を捉えて、射撃ボタンを押す。

「主砲発射!」

 主砲からオレンジ色の極太ビームが撃ち出されると、それは運よく光子魚雷のど真ん中に命中した。


 その途端、周囲は強烈な閃光に包まれ、土管宇宙船は圧倒的な爆圧で霧から外に弾き飛ばされていく。重力制御された船内にいるのに、強烈な加速Gを受けてシートで気絶しそうになったほどだ。

 土管宇宙船は、霧がいる惑星からはるかに遠く離れた空間まで飛ばされて、ようやく停止した。凄まじい爆発力だった。

 カーナは船を停止させたままにして、船体や精密機器を注意深く点検した。


「死ぬかと思ったけど、船は何とか無事ね」

「プラネットイーターは、かなりのダメージを受けたみたいだな。こっち半分は完全に消滅しているよ」

「でも、向こうの半分は残ったままだわ。決して油断できないわよ、あれ」

 カーナの言葉通り、霧の残った半分は、みるみる元通りに惑星を包み込んでいく。

 惑星は既に大部分を吸収されていて、今は小さな月程度の大きさになっている。だから包み込むペースが速いのだろうが、プラネットイーターの回復力が高いのは確かだ。


 そして奴は、失われた半身を復元するエネルギーを得るためか、急速に惑星を吸収し始めた。おかげで惑星は、果実が絞りとられるようにあっという間に小さくなって消滅してしまった。

「あんなに早く惑星を吸収できるとはね」

 僕が驚いていると、カーナは厳しい目をして霧を見つめている。

「まずいわね。食欲旺盛になったプラネットイーターは、きっとすぐに地球に向かうわよ」

「それは困る。上級ギャラクシーナイトはまだ来ないのかな」

 焦って船の3Dレーダーをにらみつけたが、それらしき姿はかけらも見えない。


「何あれ⁉ ワームホールを起動しているのかもしれないわ」

 プラネットイーターの霧はどんどん白から紫に変色していく。意味もなく変色なんかしないだろうし、タイミング的にもワームホールの起動が始まっていると考えるのが妥当だ。

「このままじゃ地球を守れないぞ……」

「最後の手段ね。この船で紫の霧に突撃しましょう。少しは起動を遅らせることができるかもしれないわ」


「とんでもないことを言うね。でも、僕も賛成だ。このまま見逃す訳にはいかない」

「突っ込めば、生きては帰れないかもしれないけど」

「なるようにしかならない。行こう!」

「うん!」

 カーナは急いで操縦パネルをセットしていく。


 ところが、プラネットイーターの色は急速に黒くなって、どんどん収縮し始めた。

「しまった。もうワームホールでジャンプしそうだぞ‼」

「空間が歪んでいるから、ジャンプ寸前なのは間違いないわね」

「カーナ、超光速で突っ込もう!」

「いいわね。任せて‼」


 ワームホールがどのような仕組みなのかは分からないが、超光速で宇宙船が突入したら、目標座標ぐらいは狂うかもしれない。

 何としても奴を地球から遠ざけたい。

 でも、カーナの命が失われるのはつらい。

 もっと僕に力があったら良かったのに……。


 突撃の覚悟を決めてカーナの設定を待ちながら、黒球になったプラネットイーターをにらんでいると、その表面に小さな閃光が七つ輝いた。

 その閃光は爆発的に広がって、プラネットイーターの黒球を包み込むと圧倒的な火力で粉砕していく。数舜後には、その空間には何の物質も浮かんでいなかった。全てが焼き尽くされている。


 唖然としていると、上級ギャラクシーナイトから通信が入った。

「二人とも良く頑張ったな。君たちの作戦行動があったから、何とかプラネットイーターを討伐できたよ。本当にありがとう」

3Dレーダーを見ると、バイナリースターが七組も来ている。さすがにこれだけの戦力があるとプラネットイーターを破壊できるようだ。


「いえ、私たちにできる事をしただけです。来てくださって助かりました。今の攻撃は何でしたの?」

「君たちが使ったのと同じ特大サイズの光子魚雷だ。質量を半分に削ってくれていたおかげで、七発で完全に息の根を止められたよ」

「息の根を止めるのに、七発も必要だったんですか?」

 一発で半分にできたのだから、単純に考えればもう一発あれば十分な気がするけど。

「黒球化したプラネットイーターはガードが堅いから、七発の同時攻撃でないと完全破壊は無理だったろうね。奴の質量がもっと大きかったら、苦戦していたのは間違いないよ」

 バイナリースターが七組も来たのは、同時に七発の特大光子魚雷を撃ち込むためだったのだ。


「それにしても、君たちの戦いは見事だった。まさか特大光子魚雷を見つけて爆破するとは思ってもみなかったよ」

「ありがとうございます。偶然見つけたので、思いきって爆破してみました」

「ちょっと怖かったですけどね」

 どうやら上級ギャラクシーナイトは、ここに駆けつけるまでの間、高性能のモニターで僕たちを見守っていたようだ。


「君たちの勇気には敬意を表すが、今後は死ぬかもしれないような作戦は絶対に立ててはいけないよ。光子魚雷の爆破は船を脱出させるために必要だったと認めるが、黒球に向けて超光速軌道を設定するような作戦は、言語道断だからね」

 最後に厳しいお小言をもらって、僕たちは再び地球に向かって超光速航行に入った。

 叱られはしたけど、地球を守れて本当に良かった。

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