第13話・魔力探査<さがす>
“中学校の先生が自分の車に生徒の個人情報が入ったパソコンを置きっぱなしにして、居酒屋で会食。車に戻ると鍵が施錠されておらず、社内のパソコンがなくなっていた”、というニュースが昨日の出来事一位にランクインしている。ワイドショーのキャスターは神妙な面持ちで、ニュース原稿を読んでいるが
「そもそも、そんなパソコンを職場から持ちかえるってどうなの?」と母。
「いやいや、ここは車で居酒屋に行ったってところが問題でしょ」と父。
「飲んでないかもよ。店に置き忘れるのを防ぐために、車に置いておいたんだろ」と俺。
追っかけでニュースで、パソコンを盗んだ犯人が自首してきたと、番組後半で放送された。パソコンにロックがかかっておらず、気になるフォルダをいくつか見たところ、生徒の盗撮画像がいくつかあり、犯人はこれはと義憤に駆られたのか、ここにきてモラルが働いたのか、警察に出頭し、この教師の悪行がバレたということになる。
・機密情報を持ち帰り←コンプライアンス的にアウト
・車で居酒屋に←パソコンが盗まれてすぐ警察に通報したので、実質飲酒運転はしていない、未遂。コンプライアンス的にアウト
・生徒を盗撮←法律的にアウト
なんとこの教師は免停中だったらしく、無免許運転という裏ドラまでついていた。
決して穏やかではない、朝食に流れるニュース。父は会社に、母はパートに。俺だけがこの追っかけニュースを見たことになる。わざわざラインで伝えるほどのことでもなく、でも誰かに伝えたい。話題を分かち合いたいのだ。とモヤモヤうずうずしていたところに電話が。
豪徳寺さんだ。株式会社組織の俺の担当。会社上では上司にあたる。要件はとにかく会社に来て欲しい、だけで詳細は後ほどということだった。
俺より五つほど上で、昔はパーティーで魔王討伐に挑んでいた魔法使いらしい。パーティーが壊滅し(理由は不明)、そのまま組織の指導員として就職したらしい。その豪徳寺さんからの連絡だった。
実際に豪徳寺さんがどれほどの技量を備えた魔法使いなのかは知らない、が、クビにした俺にわざわざ連絡してくるほどだから、あまりいい話ではなさそうだ。俺にクビを通告したのも、豪徳寺さんだった。できれば会いたくないはずだ。
京都市内、二条駅を降り徒歩で十分ほど。雑居ビルの六階に株式会社組織はある。セキュリティーは緩い。なぜなら、冒険者適正のない人物(魔力がない人物の意)が立ち入れば、呼吸が困難になるからだ。高山をイメージしてもらえればいい。酸素が薄い感じだ。
息切れすることなく、六階にたどり着いた俺は、一年ぶりに豪徳寺さんを受付で呼び出した。指定された時間の五分前に現れた俺に、豪徳寺さんは、合格と言った。
豪徳寺さんは誰かと待ち合わせする場合は、指定された時間に遅れるのはもってのほかだが、十分前に現れるのもなお、もってのほか、と言っていたのだ。相手にも予定があるからと言う理由らしい。
豪徳寺さんは相変わらず、美しい。一緒に歩くと、いつも何らかのスカウトに会う。会社員なのに、金髪で黒いフチメガネに、白シャツ、タイトなジーンズが彼女のトレードマークだ。
「要件を言うね」
商談室に入るのは久々だ。オフィスのフロアを経由しない分、他の元同僚に会わずにすむ。豪徳寺さんは、テレビサイズのモニターと自分のパソコンをつないで、資料を投影した。動画が流れた。
朝のあの中学校教師のニュースだった。
「これ、知ってる?」
豪徳寺さんの問いに、余計な意見を付け足すことなく、追っかけニュースまで見きったと伝えた。
「続きがあるのよ、コレ」
豪徳寺さんが言うには、この中学校教師は元組織の人間で、超機密重要事項・魔王封印の壺を退職時に持ち出した人物らしい。退職後、大学時代に取得した教員免許を活かして、私立中学校の教師に採用されたらしい。豪徳寺さんが所属していたパーティーメンバーで、盗賊に転職していたとのこと。パーティー内でも盗みを働いて、商人に転売するなどした経歴がある。それは、株式会社組織を退職してからわかったことだ。
俺が魔王を討伐・封印したあと、かなり早いタイミングで魔王封印の壺を持ち出し、足が付きそうになったので、退職したということだ。
豪徳寺さんはニュース動画をスローで再生し、ある個所で止めた。この男の車の中の映像だ。後部座席に小さな壺が見える。豪徳寺さんは拡大する。これは、魔王封印の壺だ。だがおかしい。封印の書儀が剥がれている。
「剥がれていますね」
「そうよ、あの盗賊野郎、魔王を逃がしやがったのよ」
やれやれ厄介な話だ。今日の十二星座占い・てんびん座はワースト二位だったが、これワースト一位のおとめ座はどんなことが起こっているのか聞きたい。
「魔王は弱体化しているし、封印の書儀が剥がれたのは一週間ほど前。書儀に記されている呪詛がうっすらと残っているから」
と豪徳寺さんは爪を噛みながら言った。
「それで、俺に何を?」
「探して欲しいの」
豪徳寺さんは一見、小学校のころ地図の授業で使った「方位磁石にしか見えないモノ」をテーブルに置いた。針がグルグルと回り続けている。
「魔力の探査機よ。これで、魔王の位置を特定して欲しい」
随分勝手な話だ。突然辞めさせておいて、困ったら呼びつける。
「豪徳寺さん、それはあまりにも」
「勝手よね、わかってる。あなたをクビにしたのは、私が提言したから」
驚いた、豪徳寺さんが俺をクビにするように会社に上申したのだ。上司とはいえ、一社員の上申で、誰かをクビにできるのか。
「ここにいるみんな、誰もが最低限の魔力は保持している。魔力は魔力に干渉しあうもの、それは知ってるでしょ」
豪徳寺さんは回りくどい言い回しで何かを伝えようとしている。俺は頷いた。
「あなたの魔力は大きすぎる。ダンジョンに潜っている間はいいけど、地上にもどってくると、特にこの会社にいると、みんなの魔力が狂いだす。ほら、現に私も」
豪徳寺さんは両手の平を俺に見せた。確かに魔力の渦が不規則に回転している。魔力コントロールが乱れると、呼吸が浅くなり、血のめぐりが悪くなり、最悪死に至る。
「わかりました。探しますよ」
俺は豪徳寺さんの誠意というか、誠実さを知っている。ダンジョンで死にかけた時、救援隊の派遣を掛け合ってくれて、俺は一命をとりとめたことがある。それも何度も。
集中。
魔力の流れを拾い出す、魔力探査機を右側に置いて、小さな魔力を弾く。とはいえ魔王は俺に討伐され封印されていた。魔力はだいぶと衰えているはず。強い魔力を探せばいいわけではない。
戦ったものにしかわからないあの魔王の魔力を探し出す。豪徳寺さんが俺を頼ったのはそのせいだ。今の魔王を探し出すには、戦ったものにしかわからない魔力のクセがキーになる。あの狡猾でしたたかで、冷徹でそのくせ人たらしなあの魔力。
見つけた。
魔力探査機の揺らぎが止まる。東の方角、静岡・浜松。
「浜松ダンジョン。魔王の手下が残存しているわね」
商人の藤村さんも東に向かっていた。おそらくこの浜松ダンジョンだろう。さすが鼻が効く。
「まだ地階の深いところにはいないと思います。魔力探査も万能ではないので、これ以上はわかりません」
俺はそう言うと、会議室を出た。
エレベーターが来るのを待つ。豪徳寺さんが追いかけてきた。扉が開くと、乗り込んできた。
「魔力が狂いますよ」
「いいの。誤解は解いておきたくて」
「大丈夫です」
エレベーターはゆっくりと降下しているように感じた。とても、とてもゆっくり。時間魔法はかけられてはいなかった。
「あなたを、中部エリアの組織に転属させるという話もあった。でもね、もう普通に生きて欲しかったのよ。だって、あなたの青春って戦いがど真ん中だったから。あなたは、あなたの夢を追うべきなのよ」
豪徳寺さんはエレベーターの中でそう言った。一階に着き俺が降りると、豪徳寺さんはそのまま上昇するエレベーターで戻って行った。
二条駅に戻り、近くのカフェで昼メシを食うことにした。高校生たちが懸命に勉強している。参考書、なつかしい。
すっかり忘れていた。あれほど苦労したのに、恐ろしいほどに。俺も教員免許を持っている。教職は無理かもしれないが、学習塾ならどうだろう。俺は、人に教えるのが好きだったじゃないか、と自分に語りかけた。
夢ってほどでもないが。俺は頼んだペペロンチーニをわさわさと食べた。ニンニクが効きすぎて、今日はもう誰にも会えない。
翌日、豪徳寺さんから、浜松ダンジョンに潜伏していた魔王が捕獲されたとラインが届いた。どうも、元武闘家の商人だという話だった。
それは、藤村さんだ。きっと。たしか、昔、おとめ座と言っていたはずだ。さすが、昨日のワースト一位だ。
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