<最終話>第14話・装備<冒険者バッグ>

 いよいよもって働かなければいけなくなった。父がリストラされたのだ。時を同じくして母のパート先が倒産。世の中不景気だ。人手は足りないといっても、我が家には六十前の父と母、職歴上はまっさらの二十三歳の俺、という構成だ。戦力外通告をされた父は思いのほか落ち込んでおらず、母に至っては私のせいで会社がつぶれたわけじゃないと、妙なポジティブさを装備している。


 俺が何とかしなければ、といっても預貯金は勇者時代のゴールド換金分がたんまりあるが、シニアへと向かう二人を面倒みるほどあるわけじゃない。とりあえず父は失業保険を即受給できるらしいので、その点は俺と同じだ。母はそうこうしながら、自宅でアートフラワー教室を始めた。リビングが教室になったせいで、自動的に俺と父は指定席から追い出される。俺はまだ自室があるからいいものの、父にはあと寝室ぐらいしかない。


 というわけで、俺と父は就活に向き合わねばならなくなった。


 元勇者です、と書類に書いてみたい。コレがヤバくて、実は一度書いてウェブエントリーをしたことがある。就職支援サイトの職歴欄や自己アピール欄に書いた。どうなるか反応が見たかったのだ。すぐ消すつもりだった。

だが、米を買いに並び熱中症になった老人たちを魔法式で救助(塩と水を生成して)したあの事件のあと、ウンディーネがやたらと絡んでくるようになり、手が濡れっぱなしでパソコンを触れなかったのだ。


 もう、びっしょびっしょといった具合だ。随分な嫌がらせだっが。もう、精霊シベリウスを呼ばないとい約束というか盟約を結んで、勘弁してもらったという経緯がある。


 俺はウェブ上での職歴や自己アピール欄に「元勇者」といった記載をがっつりと残したままにしていたのだ。


 その後のウェブエントリーでやたらと書類落ちするのは、これが原因かとわかったのがつい先日だ。


 ある一社が、元勇者を採用したいと、メールでオファーがあった。バッグ製造メーカーだった。

 面接で話を聞くと、俺のことを元勇者だというのがユニークだから会ってみたかったと創業者であり現社長が屈託のない笑顔で言った。


 面接では、元勇者と言うのなら、どのバッグで冒険に出る?と聞かれた。

 

俺は、冒険に出るというのは、ダンジョンに潜るということになるとまず定義した。ダンジョンは行って帰るまでが、冒険。行きの荷物は最小限にしておかないと体力を奪われるし、道中でお宝を見つけてもリュックにしまえない。


 なによりも、戦闘が始まるとリュックはどこかに降ろさねばならない。回復薬なんかもリュックに入っているから、すぐ取り出せないといけない。一度降ろしにくいリュックを背負っていたせいで、俊敏なワーウルフたちに喰われそうになった。


・大きすぎないこと

・バッグの表側に回復系の薬を分けて入れられること

・濡れても大丈夫なこと

・湖などの水辺で溺れた時の浮き輪にもなること(密閉性)

・サッと取外しができること

・いざと言う時の背中の防御装備にもなること

・破れにくいこと

・燃えにくいこと

・つかまれにくいこと


 挙げればきりはなかったが、社長の隣に同席していた女性の商品開発部長が途中からメモを取っていた。


 後日内定の報せとともに、商品開発をすぐにでも取りかかって欲しいと一文添えられえていた。勇者バッグとして売り出したいらしい。


 俺が元勇者であるとは思っていないようで、モニタリング程度で面接したつもりが、採用となったらしい。あとから、商品開発部長に聞かされた。

 とにもかくにも、俺は就職できたわけだ。さんざんソロでダンジョンに潜り、ついには一人で魔王を倒すという、冒険者始まって以来の快挙を成し遂げたが、会社員となればそうもいかない。


 そんな話を、先日電話がかかってきたついでに、豪徳寺さんにした。豪徳寺さんは俺の勤め先を聞いたら、「あぁ」と深く納得したようだった。


 豪徳寺さんによると、株式会社組織は俺の勤め先から、バッグを仕入れているらしい。もちろん、冒険者用とは言わずにオーダーしているということだった。元勇者が開発した、という冠が付けば、その辺の冒険者は欲しがるだろう。俺みたいにソロ冒険者とならないように、バッグは四個セットでバンドル売りにしようと会社に提案した。

 

そんな売り方、常識外と商品開発部長には言われたが、社長はやってみよう、とすんなりと受け入れてくれた。


 元勇者開発、冒険者バッグは半年の歳月を経て完成した。急ピッチだったが、商品開発部長は俺の要望をほとんど採用してくれた。魔物やダンジョンが架空だと思っていても、俺の話が妙にリアリティがあって説得力があったのだろう。


 冒険者バッグは出だしはなかなか売れなかったが、ある男の子、男子高生が手にしてくれたせいでSNSを通じてバカ売れするようになった。


 どこかで見たことのあるような男の子、というより男性、男子高生、どこかで。あぁ、あの変態オッサンに痴漢されていた、あの、あの男子高生だ。間違いない。インフルエンサーらしい。あの世代では有名ということだ。フォロワーが十五万人もいる。


 あれよあれよと、言う間に冒険者バッグは品薄になり、同じものを仲間で持ちたがる中高生の間で話題になった。ダンジョン内で迷子にならないようにと、カラフルにしたせいで、小学生の通学リュックにも採用された。


 時々、学校以外で大量注文があると物流の担当者が言っていた。やたらと欠品するらしい。納品先を見ると、株式会社組織とあった。豪徳寺さんが受取担当だった。


 株式会社組織用に納品される冒険者バッグの回復薬ポケット(高校生たちはここにスマホを入れるらしい)に、メモを入れるようにした。検品の際に入れさせてもらうことにしたのだ。物流担当者からそれは何かとよく聞かれたが、グリーティングカードですよと伝えるにとどめた。


 豪徳寺さんからメールが来た。冒険者たちがダンジョンで死ななくなったと。グリーティングカードのおかげね、と言われた。バレていたか。あのグリーティングカードには、帰還の魔法が発動するように練り込んでいる。


 万一、生命の危機が訪れると、自動的にその場を離脱し、株式会社組織に戻れるようにしている。おかげで、昼夜問わず瀕死の冒険者が戻ってくると、豪徳寺さんがボヤいていた。大丈夫だ、あそこには元僧侶がたくさんいる。回復はお手のものだろう。


 商品開発部長から新商品開発のプロジェクトに参加するようにと朝礼で言われた。靴の開発だ。バッグに使う革が余るらしく、それで靴を作ってはどうかと会議で決まったらしい。

 作りたい靴がある。ダンジョンはジメジメしている。濡れた靴は乾かない、濡れない靴か、乾きやすい靴か、どちらかを作りたい。


 滑りにくさも重要だ。できるだけ軽く。つま先に、敵の攻撃が当たると痛い。つま先を強靭にした方がいい。


 俺はアイデアのメモを握りしめて、商品開発部長の元へと走っていった。


 おわり

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