第12話・商人<パーティードール>
キャンプ、平たく言うと野営だ。ダンジョンの野営と大きく異なる点は、食料調達。このキャンプブームに乗っかって、俺はお得意のソロキャンプなるものをはじめた。
山手の斜面がなだらかになるやや平地。キャンプ場から少し離れた場所に俺はテントを張った。枯れ木を集めてそれらを組み上げ、周囲をコの字で石で囲み、竈をつくる。火をつけ、湯を沸かし、豆を挽き、コーヒーを淹れる。
ダンジョンの野営でコーヒーを淹れる余裕はなかった。できるだけ荷物は減らす。コーヒーは嗜好品だ、持ち運ぶのはリスクがある。できるだけ身軽に、できるだけ逃げやすく、できるだけ戦いやすく、できるだけ同じ場所に長居しない、ソロダンジョンの鉄則はソロキャンプにも当てはまる。
同じ場所に長居しない理由は、魔物に狙われやすくなるということだ。それは、ダンジョンに限ったことでもない。最近は山からヒグマが降りてきて、食料狙いで襲ってくる。ヒグマの執着心はすざまじいらしい。狙われたら食料を置いて逃げるのが鉄則だと、健二おじさんから耳が千切れるほど聞かされた。
コンビニの店長になるまえは、根無し草のどこ吹く風の旅人・健二おじさん。生きる知恵はその辺のオッサンとは比べ物にならない。
コーヒーの香りがふわっと、漂う。ずずっとすするようにステンレスカップからコーヒーを飲む。
実はこれは、仕事だ。この山は健二おじさんの所有物。山ひとつ買い取って、キャンプ地として貸出をしているらしい。
副業としては順調で、長めのいい川岸、自然豊かな森林、小動物はいるものの熊やイノシシの類に遭遇する危険性の低さ、で口コミが広がり人気のキャンプスポットとなったのだ。その健二おじさんの金の山に、ヒグマが現れたのは先週のことだ。
キャンプ地の食べ残し、ゴミを狙ってヒグマが降りてくるらしい。すっかり味をしめたヒグマは人を恐れることもなく、次第にキャンプ後ではなく、キャンプ中に堂々と降りてくるようになったのだ。
先週は猟友会がヒグマ退治で母と子ヒグマを駆除した。キャンプ地に再び同じ事態が発生しないようにと、俺は叔父からキャンプ地清掃の係を命じられたのだ。
要はゴミ拾いで、生ごみ・プラゴミ・燃えないゴミ(テントなんかも捨てられている)を回収するのが俺の仕事。
爆音で得体の知れないダンスミュージックをかき鳴らし、肉を焼きまくっている輩がいる。二組のカップルだ。良くない。ヒグマが音を恐れなくなっている。耐性がついているということだ。その近くで、親子三人の家族連れが迷惑そうにしている。そう、俺には見えるのだ。案の定、家族連れの父親が爆音カップルたちにクレームを入れ始めた、ように見える。
ここに介入するわけにはいかない。なんてったって俺は山の清掃員であるだけで、山の管理者ではないのだ。
俺は知らんフリを決め込んだ。厄介ごとに首を突っ込むほど、俺もお人好しで目立ちたがり屋でもない。平和主義者なのだ。
父親の分が悪い、男二人に威圧されている。男二人は鍛え上げられた身体がほとんどむき出しのようなタンクトップからあふれ出している。女二人は、いけいけ、やれやれ、と煽っている。さて、平和主義者の俺はどうしたものか。
男二人のうち、一人が父親の胸ぐらをつかんだ。今時、胸ぐらをつかむというのは、暴力行為に相当して逮捕案件なのだが。もう一人が父親の太ももに蹴りを入れた。
が、父親は動じない。身体の中心に軸が見える。あの軸、見覚えがある。なんだ、あれは?
ソロダンジョンでの最大のリスクは、軽装で挑み過ぎて、戻る段で回復薬切れすること。魔力の回復も見込めないから、体力回復は休むか回復薬頼みだ。薬剤師みたいなスキルは持ち合わせていない以上、薬の生成も無理。
そんな時に頼りになるのが、商人だ。どこにいるのかはわからない。何人いるのかもわからない。ダンジョンに生息しているのではなく、適宜地上で商品を仕入れて、ダンジョンに潜る。彼らは徒党を組まない。ソロだ。その辺の冒険者よりも屈強だ。ソロダンジョンのプロと言えばいいのかもしれない。
そう、あの父親、商人の藤村さんだ。藤村さんってのはニックネームだ。商人のことをみんなは「オヤジ」と呼ぶ。たとえ自分よりも明らかに年下だとしても。藤村さんは俺より年上だが、オヤジと呼ぶほど年も離れていない。年のころでは十ぐらい上と言う感じ。だから俺は彼のことを藤村さんと呼んでいた。
藤村さんも自分の素性は明かしたくない、ダンジョンでは誰も本名は名乗らない慣習なのだ。俺は藤村さんに、藤村さんと呼んでいいかと尋ねたら、「呼びたいように呼べ」と許可を得たのだ。
流れるような体さばきで、二人の男を跪かせると藤村さんは、シッシッと追い払った。藤村さんに家族がいたとは、と驚いたのもつかの間、妻と子の背後に回り、小さなストローのようなものを刺した。妻と子はシワシワと空気が抜けるようにしぼんだ。
噂には聞いていたが初めて見た。高すぎて手が出なかった、疑似パーティードール。ソロパーティーの野営の際の見張り役として、この疑似パーティードールを使うのだ。もちろんタダの人形ではない。ある程度の魔法を詠唱できるし、武器を持たせれば歴戦の冒険者並みには戦える。だから、高いのだ。
興奮しすぎて、藤村さんの間合いにはいっていたようだ。藤村さんは裏拳で背後の俺に攻撃を仕掛けた。
とっさにかわす。流れるような動き、なにやら武闘家の心得でもあるかの如く、藤村さんは俺に拳と蹴りを何発も放つ。
決して大柄ではない藤村さんのパンチはリーチが長く感じる。蹴りは側頭部にまで当たる勢いで伸びる。
「ちょ、ちょっと待ってください。藤村さん」
思わず出た、ニックネームに藤村さんは足を止めた。
「お前は、勇者か」
藤村さんは俺の顔をまじまじと見た。
「ご無沙汰しています。元ですけどね」
「お前が魔王を討伐したせいで、関西のダンジョンのほとんどが死んじまった。おかげで商売あがったりだぜ」
聞くところによると、藤村さんはまだ生きているダンジョンを探して、これから東に向かうところだったらしい。地上でもダンジョンと変わらない立ち振る舞いにある意味尊敬の念を覚えた。
「そう言えば、お前、組織をクビになったんだって。商人の噂は早いからな」
商人は基本的に一匹狼だが、横のつながりが強い。あの冒険者は金を踏み倒すだの、あの冒険者は金払いがいいだの、将来が有望な冒険者は商人が特別にパトロンになってくれることだってある。貸し出した武器で強い魔物を討伐したとあれば、商人の格も上がるというものらしい。
俺は藤村さんから借りた、というより譲り受けたポイズンソードを返却し忘れていた。というより、組織に没収されたのだ。
再会を懐かしんでいるのもつかの間、さっきのカップルたちから悲鳴が聞こえる。
ヒグマだ。それも群れ。珍しい。三体か。
「放っておけ、あんなものに関わってたら命がいくつあっても足りん」
確かに元勇者であっても、ヒグマ三体を相手にするとなれば、防具・武具なしの装備ナシではなにかとキツイ。だからと言って、魔法を詠唱すると、おそらく魔力に反応して沈んだダンジョンの魔物が活性化するかもしれない。三体のヒグマを一瞬で無力化する魔法なら、火系の魔法が有効だが、山火事にもなりかねない。それは健二おじさんに合わせる顔がなくなる。
藤村さんは、ホレと俺にを発泡スチロールの箱ごと渡した。箱は外からでも生臭い。フタを開けた。
「それ、貰い物なんだが、遠くの川にぶん投げれば、ほら、あいつら追いかけていくだろうに」
鮭だった。ご都合いいことに、三匹入っている。
俺はカップルたちの元へと急ぎ、斜面を滑りながら勢いをつけ、川に向かって鮭を三体投げ込んだ。不思議なことに、着水すると泳ぎ始めた。
本能とは悲しいモノである。ヒグマ三体は泳ぐ鮭にすぐさま反応し、追いかけ始めた。川の流れを逆流する鮭。産卵でもするのか。
ヒグマは目の色を変えて追いかける。一頭のヒグマが鮭を捕らえた、続いて二頭、三頭と。
三匹の鮭が三頭のヒグマの屈強なアゴにあらかじめハマっていたように、木彫りのあの熊のようなシルエットになった瞬間、爆発した。ヒグマは木っ端みじんとなった。とてもシュールで悲惨で、恐ろしい絵図だった。
あれは?と藤村さんに聞くと、あれはパーティードールの一種で、自爆型鮭だ、と言う。
そんなマニアックな、使いどころに悩むドールを持っているとは、流石商人。荷物の量を気にしないのだ。
木っ端みじんになったヒグマは骨も肉も残さず消え去っていた。掃除の手間は省けた。カップルたちは慌ててキャンプをあとにしようとしていたが、俺はすかさず、「ゴミは全部持ち帰ってください」と言った。逆らうこともなく四人はゴミ片付けをして立ち去った。
藤村さんは俺に、
「東の方じゃダンジョンはまだあるらしいぞ。また別の団体に所属して潜ればいいじゃないか」と言った。
「いやぁ、もう引退ですよ。それよりも、仕事を探さないとなんです」
藤村さんは残念そうにしながら言った。
「まかり間違っても、商人みたいな自営業・フリーランス・個人事業主になるなよ」
「どういうことですか?」
早い話、フリーランスは横のつながりが大切。商人であっても、いきなりギルドには加入できない。実は藤村さんはもともと、武闘家であった。見ればわかる。ダンジョンであくどいパーティーから攻撃され瀕死の商人を助けたことがきっかけで、商人へと転身したらしい。その辺のいきさつは雑な説明だったが。
フリーランスになるなんて考えたこともなかったが、確かにどこかの団体に所属することなく、フリーランスになんてなったら、仕事をどうやって受けるのかよくわからないものだ。
藤村さんが別れ際に言った。
「さっきのヒグマ、ありゃぁ魔物だぞ。ここんところ誰かが地上で魔法を使ってるみたいだから、どこかダンジョンの階層が活性化して、地上に出てきたみたいだ」と。
魔法、心当たりは十分にある。回復魔法に時間魔法、補助魔法に魔法式と状態異常魔法。全部俺だ。
藤村さんは荷造りを終えると、
「まぁ、コレやるから。自分で始末つけなよ」
藤村さんは俺に“魔物のエサ”をくれた。
「これは?」
「知ってるだろ、魔物が地上に出たら、これで餌付けして、ダンジョンに戻らせるんだ。魔法を使って倒しちまうと、またダンジョンが活性化するだろ。ドンドン悪循環しちまうからな」
ソロでダンジョンを潜る商人の知恵とでも言うべきか。戦うばかりが冒険じゃない、逃げるばかりが冒険じゃない。手なづけること、ビーストテイマーがパーティーマッチングで人気だったと聞いたが、よくわかる。
戦わずして、逃げずして、勝つ。
就活の教訓になりそうだ。
藤村さんは東の方へと向かって行った。結局藤村さんの本名はわからないままで、俺も本名を明かさないままだった。
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