第11話・戦闘<逃げる>

 居酒屋に知った顔三人と俺、大学時代のゼミ仲間たちと居る。気心知れたというほどでもないが、うわべ以上、友達未満程度の微妙な距離感が俺には心地いい。


 社会人二年目、俺以外みんな就職している。小学生から中学生に、中学生から高校生に、高校生から大学生に変わる節目、なんだか大人になった気がしたものだ。だが名実ともに大学生から社会人という変体は、大人に向かって脱皮する行為だ。


 上司が厳しくて、先輩と一緒にお詫び周りに、こんなに発注しててさぁ、仕事だるぅ、接待で得意先に、など遠くからでも俺たちは働いている社会人だ!とアピールしているように見える。俺を除いて。


 どんな仕事してるんだ?と聞かれるたびに、まぁ、その、家の仕事を手伝っててなんて逃げる。叔父のコンビニだって広義では家の仕事だ。そういえば、叔父に救命の鈴をレジ側に置いておくようにとプレゼントした。ヤバい客が来るとチリンチリンと鳴るからと伝えておいたものの、鳴ったとて、身構えたとてヤバい客対策のレベルが上がるわけではない。


 注射前の並んでいる緊張感のようなものがより鮮明になるだけだ。


 という話をするわけでもなく、俺はへらへらと愛想笑いをしながら、コイツ本当にゼミで一緒だっけ? とすら思わせる作戦に出た。


 そうすれば、無駄に話しかけられずに済む。


 だったらなんで、こんな不毛な会に参加したのだ? と問われるが、こうでもしなければ飲み会なんて俺の人生のどこにも存在しないからだ。


 とはいえ、思った以上に不毛な会話だ。みんな仕事を辞めたいと口にしては、仕事の不幸自慢や自虐話をつまみに酒を流し込んでいる。当のポテトフライやから揚げといった、実力派のおつまみたちは、冷めきっていてその力を評価される機会を失っていた。


「お前、そういえば、バイトからそのまま就職したんじゃなかった?今家の手伝いってことは、辞めたのか?」

 とゼミでも誰も決めていないのに、リーダーシップを発揮していたマッシュヘアーが言った。コイツはずっとマッシュなのか。

「辞めたというよりか、辞めさせられたというか」

「リストラじゃん」

 マッシュの隣にいた、丸メガネが言った。

「まぁ、契約期間が切れたというか」

「更新されなかったって、てか、それ正社員じゃなくて契約社員じゃね?」

 丸メガネの隣のアゴヒゲが言った。コイツもずっとアゴヒゲを伸ばしているのだ。それで社会人ってと思うが、ベンチャーだからが口癖で今日一番面倒なヤツだ。


 自慢じゃないが、俺はこいつらの名前を憶えていない。ねぇ、あのな、ちょっと、お前、おいおい、ぐらいを使いこなせれば名前なんて必要ないのだ。

 冷めたから揚げに箸を伸ばした。カッチカチだ。硬い。

「あのゼミで、仕事してないのお前だけじゃね? ほらこの前のゼミ同窓会でな。久々にみんな改まって、仕事と自己紹介したもんな」


 ゼミ同窓会?

 なんだそれ。

 呼ばれていないぞ。


「そういやぁ、お前、来てなかったな。ゼミ同窓会」

 俺は、そんな案内すら来ていないと、カチカチのフライドポテトにケチャップを擦り付けながら言った。

「いやぁ、大学卒業して夏休みにすぐやっちゃったんだけどさ、お前欠席にしてハガキだしてたぞ」


 今時ハガキで出欠確認とは、あのゼミらしい。つまり、アナログ出欠確認ってことは、教授主宰だったということでもある。


 思い出した、大学を出て一年目の夏は、魔王の階層でドラゴン四連発戦闘だったのだ。


 ドラゴンと言っても、よくある炎を吐くあのタイプや、水龍といって水回りで驚異的な動きをするタイプ、炎の対極・氷を扱うタイプ、最悪なのが毒タイプ、まぁ色々いるものだ。四連発目の毒タイプとの戦闘で、流石に回復するタイミングもなく、俺は逃げた。勇気ある撤退とでも言おうか。


 こいつらの話を聞いていると、やたらと辞めたいを連発して、マッシュは退職代行使ってみたいとばかり言っている。丸メガネとアゴヒゲは、それは社会人としてどうなの?といった通り一遍の批判をしている。


 マッシュは打たれ強いと思っていたが、どうにも先輩からのアタリが強く、得意先の社長にも嫌われていると思っているらしい。全部主観だとは思うが。


 さりとて、そういう時は一呼吸おいて、戦って勝てるかどうかを見極めるべきだと思うのだ。そして、無理なら「逃げる」。躊躇はいらない。逃げるが勝ちでもなく、逃げるが負けであっても、逃げるべき時は逃げるのだ。生きることが目的であるからだ。


「そりゃぁ、逃げるがいいんじゃないか」

 俺はポツリとつぶやいた。


「だけどさ、せっかく入った会社だぜ。親にも悪いし、それに三年未満で辞めたら次の仕事に就きにくいって言うだろ」


 マッシュはぬるくなったジョッキを飲みほした。丸メガネはメニューのタブレットでつまみを探している。アゴヒゲはトイレに行った。俺は俺を指さした。一年でリストラされたけど生きてるぞ、というメッセージだった。

「ごめん」


 マッシュは殊勝にそう言うと、丸メガネにビールをお願い、とオーダーを追加させた。


 飲み会はその後、カラオケに行くとなったが、持ち歌もなく金もない俺は、明日バイトだからと断った。アゴヒゲが来いよとやたらと絡んできたが、持ち前の脚力で、逃げ切った。逃げる、健在だ。


 翌日、マッシュからラインが来た。

 昨日はありがとう、もう少し頑張ってみるよ、と。

〈逃げないのも人生だ。〉と返信を打つ手を止めた。何を偉そうに、求職者が、と自分にツッコミを入れた。母がキッチンから俺を呼んでいる。無職が二日酔いで昼まで寝るなんて許されないのだ。俺はいつも通り、ハムエッグとサラダを用意しれくれた母にありがとうと言いながら、トースターでパンを焼く。


 コーヒーを淹れながら、テレビのチャンネルをザッピングした。


 朝から、昔のアイドル特集をニュース番組で放送していた。もうバラエティ番組と名乗れといつも思う。


「あ、あの人誰だっけ」

「あの片方は、相田さんだろ」

 と父が母のニューロンがつながる機会を奪う。

「もう、言わないでよ。えっとその相田さんの相方よね」

 母がずっと記憶のドアをいくつも開けている。何も出てこないようだ。

 父が

「あ、サッチン」

「そうそう、鈴木ね。かわいいわねぇ。」


 母が思い出したようだ。淋しい熱帯魚という曲が流れる。聴いたことはなかった。


 何気なく、スマホを手に取り、マッシュのラインに返信した。

〈淋しい熱帯魚って曲、いい曲だぞ。特に意味はないけど〉


 ちなみに俺は、毒ドラゴンから逃げたあと、改めて毒対策装備と毒耐性のお守り、毒消し薬、ダンジョン撤退魔法の習得(一瞬でダンジョンから地上に離脱できる)の準備をした。

 準備万端で毒ドラゴンに挑み、なんなく倒した。ちなみに装備していた剣は、ポイズンソードという蛙毒を塗り込んだもの。毒には毒をもって制すとはよく言ったものだ。


 スマホにマッシュから返信が届いた。

〈いい曲だ〉


 俺は、二日酔いの胃袋にアツアツのコーヒーを流し込んだ。

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