第10話・どうぐ<救命の鈴>

 面接通知が届いた、運を体力に振り替えてからの応募した企業、地元のお茶メーカーだ。こじんまりとした社員三十人程度の会社だが、待遇がいい。なんてたって、週休二日制だ。年間休日は百四日。月に八日ぐらいは休みだ。確かに週休二日だ。


 と、喜び勇んで面接にまでたどり着いた、つまり書類選考通過したことを両親に報告したのが昨日。そりゃぁよかったね、と多少の腫れ物に触れる程度に撫でるトークでかわす父と、そこどこの会社としつこく聞いてくる母。どうにも対照的な両親だが子どもにとってはバランスがいい。夕食がトンカツという、それは母、あなたの好物でしょうが、とツッコみたくなるものの、平和な家庭のリズムを崩すほど俺は幼稚じゃない。


 高校生までは反抗期がこれいつどこで始まって、いつ終わるのかなんて思っていたが、大学に入る頃には終わっていた。つまり、勇者になってからだ。


 母が面接もいいけど、部屋の掃除もしておきな、と何度も言うものだから、ゲンを担いで夕食後に部屋の掃除を始めてしまった。


 というのも、テスト前になると俺は現実逃避がてら部屋の掃除を始めるのだ。そして、掃除をすると翌日のテストはよくできる、というグッドラック方式が定着している。


 神頼みというならば、掃除の神様といったところか。勇者になってからわかったことだが、基本的に神様の系譜はややこしくて、女神を軸に、その女神を統括する形で神様が上位に存在する。


 デスクの引き出しがごっちゃごちゃだったので、整理した。使い古したシャーペンやらカードゲームのエネルギーカード、謎のキーホルダー、未使用の消しゴム、そして見覚えのある「鈴」が出てきた。

 この鈴、なんだっけ?と考えながら、じっと見る。振っても鳴らない。中には玉みたいなものが入っているが。思い出すこと十分。


 思い出した。


 救命の鈴、だ。組織に入り冒険者としてデビューしたころ、まだ勇者見習いみたいな時期に、もらった。ようやく塩と水の魔法式を覚え、低階層のダンジョンに潜るとなった。低階層ゆえにパーティー編成不要ということで、(というかこの頃から結局魔王を倒すまでずっとソロだったが)ソロで潜った。


 弱い魔物しか出てこない低階層。課題はダンジョンで一泊することだった。深い階層に潜るとなれば、何泊もする必要がある。しかもダンジョンは行きよりも帰りの方が時間がかかる。単に疲れていたり、ケガをしていたりと言う理由らしい。


 ということで、渡されたのがこの、救命の鈴。身に危険が迫ると、予知して鳴るというものだ。主に、自分に悪意のあるもの、つまり魔物たちが近づくと鳴る。ダンジョンで機能オンにしていると、やたらとうるさい。組織の窓口担当に、就寝時に使うといいと言ってくれた。眠りに落ちてしまっても、敵が近づいたら、リンリンと鳴る。たしかに、この鈴のおかげで、ソロで冒険を続けられた。


 強くなると、危険も減る。しかも敵自体も近寄ってくることもなくなり、就寝中に起こされることもなくなった。ちなみに、この鈴は敵の強さにあわせて音が大きくなる。そういえば、魔王の階層にたどり着いた時に、鳴らなかった。俺はずいぶん強くなっていたということだろう。


 この救命の鈴が俺の自宅にあるということは、単に返却し忘れたのだ。組織もいいかげんで、この辺の管理は杜撰だ。といっても、普段は鳴らず、危険が迫るとただやかましく鳴るだけだ。おそらく魔力を持った「どうぐ」なのだが、社会影響を及ぼすなどの物騒なモノではない。


 スマホが鳴る、明日の面接企業の面接担当官からだ。もう二十一時半だ、まだ働いているのか。始業が八時半とあったから、昼休憩抜いたら、十二時間勤務? ブラックなのか。


 面接担当官は“明日は十五分前に到着して欲しいとか、必ずスーツで来てくれとか、質問があれば事前にメールで明日までに送って欲しいとか”、あまり言われたことのない申し送りをしてきたのだ。

 三年ぶりぐらいに、鈴が鳴った。電話越しに面接担当官が鈴の音に驚いたように感じた。俺は電話を切ると、メールを送った。


 少し気になっていたのだ。週休二日制を高らかにホームページの待遇にも記載されていたので調べると、週休完全二日制と週休二日制は違うということがわかった。


・週休二日制:一ヶ月の中で週に二日分休みがある週が一回以上ある制度。

・完全週休二日制:毎週必ず二日分休みがある制度。

 つまりは、週休二日制はどこかの週は土曜日か日曜日に出勤せねばならないということなのだ。そして週休二日制は年間休日・百四日だが、完全週休二日制なら年間休日・百二十日以上ということだった。


 これはあくまでも、土日の休みの話だ。正月にお盆、ゴールデンウィーク、もろもろ国民の休日ってどうなってる?

 完全週休二日制の会社を調べると、年間休日・百二十五日以上とあった。


「以上」なんてことだ!「以上」なんだ。


 鈴が鳴ったのは、この休み問題を知らせてくれたのだろう。


 勇者時代は休憩・休息には敏感だった。休まねば、戦えない。戦えないと、生きては帰れないのだ。そう、悪循環。


 明日の面接は受けるだけ受けて、もし受かれば辞退しよう。



 面接は面接担当官と社長と思わしき男性。面接担当官は、人事部長で年のころは五十歳ぐらい。一方社長は、二代目らしくまだ三十前ぐらい。念のために持ってきた鈴が、会社の手前あたりから、じゃんじゃか鳴っていた。


 こうなりゃもう怖いモノ見たさである。若干拍子抜けだが、この二代目若社長の言葉が右から左へ流れるごとく、頭に入らない。英語?和製英語?ぽい言葉でまくしてて来るも、どれも上滑りしているように思えた。


 ようやく志望動機を話すターンになり、一通りの受け答えをソツなくこなしたあと、事前送付の質問事項に会話は移った。


「年間休日のことですよね」と面接担当官は重そうな口を開いて言った。悲壮感すら漂う。若社長がジロリと面接担当官がプリントアウトしてきた俺の質問を睨みつける。そのあと、俺の方をじっと見て

「キミは、働く前から休みのことを気にしているんですか?」

 そもそも、キミ呼ばわりするのは失礼だろうと思ったが、話の軸が、腰が折れると面倒なので、俺は、はい、としっかりとした声量で返事した。

「そういう人、社会に出ても成功しないんですよね。若い時は遮二無二、仕事だけを考えて仕事に溺れるぐらいにならないと」

「しかし、休息あっての、仕事。仕事あっての休息だと思います」


 俺は正論で切り返したつもりだった。

「浅いね、そんなんだから就職できないんですよ。何かを成し遂げたこともないでしょう。大学でも、特に目立ったことしてなさそうだし」

 若社長は足を組みなおして言った。面接室に隣の工房から茶の香りが漏れ漂ってきた。

「歩みを止めることは、次の歩みを進めるための準備である」

 俺はそう言うと立ち上がった。出されたお茶をズズっと飲み干した。お茶はうまかった。


「だから?」

 若社長が退出しようとする俺につまらない言葉を浴びせてきた。時間の無駄だ。

「深い階層に潜ることばかりが冒険じゃありません。生きて帰って初めて冒険です。その繰り返しで、より深い階層に潜れるんです」

 決まった! そんなキメドヤ顔で俺は扉を閉めた。エントランスに面接担当官が追いかけてきた。悪いことをした。見たことのないくらい、額から汗が噴き出している。このあと叱られるのだろう。申し訳ない。


「いや、ほんと、すみませんでした」

 そう言ったのは、面接担当官だった。

「私の方こそ、その、年間休日がどうも自分の思うところと違って、もし採用連絡が来ても断るつもりでした。だから、その、面接自体が茶番といいますか」

 俺は革靴を履き終え、面接担当官に一礼した。

「お茶の会社だけあって、茶番ごとが多いんです。でも私はこの会社が好きで」

 俺は気になっていたことを面接担当官に聞いてみた。もう会うこともないのだから。

「あの、昨日電話越しに、鈴の音が聞こえたと思うんですが、なにか、ビックリされていたというか。あれはどうしてですか?」


 とても要領の得ない質問だ。面接担当官はここでも驚いた顔をしていた。きっと昨日もこんな顔をしていたのだろう。

「いえ、小学生の頃に父が亡くなったんですが、そのとき父が小さな鈴を財布に入れていまして。なんだか気になるので、形見に私がもらったんです」

 面接担当官はエントランスを俺と一緒に出た。門に向かって俺の前を歩き始めた。

「それで、その鈴、突然鳴るときがありまして。鳴ったあとは決まってピンチが訪れるようでして。よくわからないのですが、父が教えてくれてるのかなって」

「お父さんって、どんな仕事されていたんですか?」


 若干嫌な予感がする。


「父は炭鉱夫と言っていましたが、いつも洞窟のようなところに入って、トンネルを掘ってるみたいな仕事だったと思います」

「ちなみに、お父さんって、変わった特技あります?」

 面接担当官は考え込む間でもなく、

「そういえば、キャンプで調味料を忘れたときに、父が塩をどこかから調達してきて。私と母と妹しかいなかったんですが、どうやって調達したのか。その帰り、車で道に迷いまして、水筒の水もなくなって、喉が乾いたと妹と泣いていたら父がどこかに消えたと思ったら、水筒たっぷりの水を用意してきたのを覚えています」


 ハイ、冒険者確定! その鈴は救命の鈴だ。


「その形見の鈴、最近は鳴るんですか?」

「いえ、鳴りません。でも、昨日電話越しに聞こえた鈴の音が、形見の鈴の音に似ているなぁと思って、驚いたんです。独特でして、鈴の音」


 もう、とてつもなく冒険者確定のお父さんをお持ちだったようで。俺は門の手前で、面接担当官に一礼して、「すみません」とだけ言った。


 面接担当官は、「結果お知らせしますね。一応形だけでも」と言った。


 面接担当官はあの会社にいても、鈴は鳴らないみたいだ。俺の鈴は鳴った。慣れなのか、きっと最初は鳴っていたのかもしれない。毎日通っていると、次第に鳴らなくなったのか。


 確かにダンジョンを潜っているときも、自分の成長につれて、鈴は鳴らなくなった。魔王戦前にも鳴らなかったほどだ。会社勤めもそういうものか、と思うも、完全週休二日制の憧れは強く譲れないな、と思った。

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