エピローグ

どこでもいいからどこかへいきたい

ここでなければどこでもいい

きっと少しはマシになるだろうし

夢まで追いかけてくる焦燥感も、

少しは引き離せるだろう

誰も何も知らない世界にいたい

人影は少ない方がよい

面影は多少あってもよいが、それが脳を支配する前に

次のチャンネルに移り変わるくらい、

刹那的な出会いであってほしい


何も知らない、新鮮な刺激に触れている間だけは、

身体は現在を離れて、少し先の未来を歩いている

赴くままにだらだらと脚を動かすと

心地よい疲労感が、見知らぬ景色を思い出に変える

ぽつん、ぽつんと落としていく

汚れ切った肉塊は

またすぐに僕にまとわりついて、

歩める足をとどめようとするだろう

それでも他人が描いた世界の情景や、

切り取られた物語に浸っているうちは、

足首をつかむ手も、影から伸びてひっかき傷を作る爪も

深夜にうっかり目撃する踊り子も、

喉の渇きも、寝苦しい夜も

騒々しい音とともに、遠くに離れていくのだ


だからできるだけ遠くへ、誰も知らない場所へ

何もわからない世界へ、異なるバイオームへ、

ただ一つ隣でもいい、ただできうる限り、

足が動く限り、電車がつながる限り

この世あらざるところではないように

遠くへ、遠くへ


帰ってきたときに、もう錆びついて動かなくなっていても

二度と同じ場所に戻れない渡り鳥の群れにあっても

綿毛かキノコの胞子を追いかけてさえいれば、

道に迷うことはないはずさ

迷うことも大歓迎さ

何もないよりはよほどいい

小石に躓いてばかりの生活も

今や何よりも、愛おしく思えるものだ


追伸

くたびれた街より、あなたへ

僕には案外、こちらのほうが似合っている

過去ばかりが集ったこの六畳半も

詰め替え用や予備であふれたウォールシェルフも

今や自分の指先と思えるほどに、よく馴染んでいる

居心地は決して良くないが、眠るに困ることはない

それだけで、十分幸せだ

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詩集『含む』 ちい @cheeswriter

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