そこの角を曲がる

気づけば誰かを追いかけさせられている

僕が自由気ままに、自分の意思で選んだはずの道であっても

気づけば同じ姿をした誰かが前を歩いていて、

僕は気まずさと、周りの目線が混じり合っていたたまれない気持ちになる

さながら、取り落としてしまった包丁を拾い上げるか悩んでいるように

僕はいつも以上に、周りの目線を気にしてしまうのだ


彼は僕に濡れ衣を着せようとしているのだろうか

僕に何か恨みでもあるだろうか

心当たりは無限にあって、有限にない

何か悪意でもいい、理由や背景を知ることができたなら

少しはこの重苦しいままの心持ちもいくらか軽くなろうが、

答えのきっかけはつかめないまま

時間は一足飛びに僕の人生を終わらせようと急かす


歩く速さをゆっくりにしてみたり、

あるいは反対に、早くして彼を追い抜こうとしてみたり

僕にかかるあらぬ疑いを晴らすための努力は惜しみなく

ただそれでもその努力が報われることはない

誰に対してのものかもわからない人生を浪費するだけの主張は、

ただ誰の心にも留まることなく、

風と風の間の何もない空間に消えていく

小説を書けたはずの時間も

本を読めたはずの時間も、すべて取り繕うために浪費される

僕が僕であるために費やす資産は止め処なく、

栓のない銀行口座のように大切なものが流れ出ていく


アトランダムな曲がり角

できるだけ人気のない曲がり角

行く先のないような曲がり角

ただ、曲がるためだけの曲がり角


誰の面影も感じなくて済むように

誰もいないところへ、

ただそれだけを目的にして、

ひたすら歩みを進める

靴底の擦り切れる速さを、

鉛筆の短くなる速さに重ねて、

己をひたすらに鼓舞する


なお状況が好転することはない

気づけば、また見知らぬ誰かが僕の前を歩いている

そのくせ振り返ることもなく、

ただ彼は我関せずといった様子だ

僕のことなんてひとかけらも目に入っておらず

彼は彼の生涯を全うするのに忙しいらしい

僕はいつまでも僕のままだ

べったりとペンキを頬に塗って満足している

不安を覆い隠すためには必要な手続き

ただそれだけのために働いて、ペンキを買って

また働いて、ペンキを買って、

そしてまた働いて、ペンキを買っている

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