先輩とA組

先輩がいるから、教室を訪れることが好きだった

「例えば」

そういっていつも夢想の世界を繰り広げて

ただの教室、ちっぽけな学校であるはずの世界が無限を孕む


このちっぽけな学校の中だけで、僕らの世界は完結していた

屋上から、地平線の彼方に何かを求めて見渡してみたことがあったけれど

四方どちらにも何かがあることはなく、

その先に何があるかを知ろうとはしなかった


僕にとってはふたりぼっちで

先輩にとってはひとりぼっち

思えば先輩の瞳に僕が映ったことはなかった

きっと、僕を識別する記号も知らないんだろう


何かを好きになるということは、いつもそうだ

先輩は自分の世界を生きていて、僕は先輩と共にありたいと願っている

好きなものを好きなように愛する、そう決めている

それでも、先輩は僕が放送室に入ろうとするとものすごい剣幕で怒る

いたたたたた、そう言って脇腹を抑える

僕は当然に心配したけれど、先輩曰く、単に古傷が疼いただけらしい

僕はさっさと手で追い払われて、ロッカーに閉じこもる


先輩は案外非情で、いらなくなったものは、

すぐにバツ印をつけて捨ててしまう

2年A組の部屋はもう既に先輩が捨てたものでいっぱいだ

その勢いはB組の存続をも脅かしている

僕は先輩が捨てたものを見るのも好きだ

自分がそうならない保証はないが、それでも

僕は僕の特別を噛みしめることができる


「例えば」

君が無人島にいるとして一つしかなかったならば、

君はその一つに何か特別な意味を見出すだろう

けれど多く溢れていたのなら

果たしてその一つに捧ぐほどの関心を

それらすべてに注げるだろうか

答えは否だ

特別だから大切にするのであって、

普遍的なものに正しい価値なんてないんだよ

その理屈で言うならば、命も同じだね

命も無価値


僕は先輩の話を胸に抱いて、明日の準備をしている

誰かが吐いた息に満たされたこの空間はあまりにも息苦しいけれど

それでもまだ、明日の準備だけは欠かさないでいられている

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