浮かぶ書庫

書いた文字の数だけがその人の人生の価値だ

水平線に遠く浮かぶ書庫には、

今日も積み重ねた紙の束、封筒に大切に収められた

日焼けして茶けた紙の束が持ち込まれる

管理番号を振って、書庫の適切な場所に配架される

書庫の管理表に記帳される

陽の目を見ることはおおむね訪れないが、

誰かが生きた足跡が、そこには残されている


中に立ち入るためには、司書の許可がいる

許可は簡単に下りるものではなく、

物好きが大挙して余りあるが、基本的には入り口で追い返される

時折、誰も訪れないような時分に、

影を落としたような表情で呆けていると、

そっと扉が開いて、古い紙の匂いが香るのだ


床に散逸する紙は、何者にも慣れなかった証

大切にする人もいなくて、誰からも忘れられてしまったもの

司書は唯一、せめてもの心遣いとして

紙は踏まないように避けて歩く

膨大な紙の量はひとつひとつの価値を貶める

ひとつひとつに誠心誠意を尽くすことなどできず

大切にされないものの存在はあきらめる他ないものだ

後ろに続く僕も、せめて土で汚れた足で

踏みにじるような真似はするまいと気を付ける

足の踏み場もないような狭い書庫だが、

まだ道を選んで歩けるくらいの良心や気概は残っている


見知らぬ誰かの書き残しをみせてもらった

それは僕と似た立場を生きた人だった

精緻な文章ではなく、教科書に載るようなものでもない

ただその人となりが脈打って見えるような文面は

僕の心を惹きつけてやまない


心軽やかになるような興奮が腹の底から滾って

頭の上から冷静が降って冷やす

焦りが血を巡らすのを早くして、

僕はいてもたってもいられなくなってしまう

書いた文字の数だけがその人の人生の価値だ

積み重ねた紙の枚数だけが、尊重すべき尺度だ


まだ足りず、まだまだ足りない

薄ぺらな紙を重ねて満足しているうちに、

いつ筆が絶えるかもわからない

路頭に迷ういとまはない

対して、ごっそりと抜け落ちていく記憶は

この世あらざるところへ向かうことを望んでいる

書き留めて、つなぎとめねばならない

自己満足の末路でも、自分で選んだ杓子定規なら本望だ

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