文房具屋の片隅で

ふいに手に取ったペンシルは

バツをつけて否定するのには適しているが

思い出を記録するのには適さない

あまりにも太すぎて、書く文字のすべてがつぶれてしまうし、

縮れた字は何を書いているのかも何一つわからず

数少ないそれとわかる文字もすべてことごとく次々と上書きされる


つづるその先から、

インクが染み出て紙を汚して

手の甲から伸び続く線は水平線をも越える


つづるその先から、

思い出したいようなことも

思い出したくないようなことも

黒塗り文書にうずもれる


もう駄目だとペンシルを放り出して、

零点三八のボールペンに取り換える

いくらか紙の上を滑らせると、

指先からインクがにじみ出てくる

そして、爆発したようにインクを吐いて

またしても元の木阿弥、同様の帰結


A5サイズの日記帳もまた、

1日に許されたスペースはあまりにも小さい

ただ、出来事を記すには足りる

考え事を記すには当然のように足らない

思い悩むようなことは多々あれど

書くべき事実はあまりにも浅薄だ

空白を埋めることばかりに取りつかれていると

車窓の風景のように人生が過ぎ去ってしまってよろしくない


日陰ばかりの文房具屋には

選択肢としてとりうるようなものはいくらでもある

カフェオレみたいな甘苦しい色をしたものよりも

インフルエンザの眩暈のような紫いろのほうが好きだ

多少値が張っても、人生最後の日に思い出しうるような

そのような出会いであれば、いくら積んでも惜しくはないはずだ

できるだけ手になじむ方がいい

あまりにも不器用で、書き残したい刹那の風景が

ことごとくのちの生涯に思い出されることがなくとも

埋めた空白の数だけを人生の値踏みに用いるのだ

預金通帳にきざまれていく数字のひとつひとつのように

実際的には何の価値もなくてよいのだ

自己満足はすべてに優越する

インクをどれだけ使い切ったか、

あるいは短くなったえんぴつをどれだけ瓶に詰めていられるか

重しになるものは自分が選んで置いていくのだから

小石のような文字が躍った手帳の一つも、許されてよいはずだ

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