側道に入る

すれ違う人も多くいたが、人影は少なくなっていく

人目を気にしなくてよくなった途端に、

随分と足取りが軽くなったようだ

まだ油断はできないが、それでも随分と気が楽で

どれだけ視線におびえ、体裁を気にしていたのか

一人の時間は心地よく、このまま、ただ誰もいない道を

進んでいきたいと願ってしまう


気づけば、壁に向かって歩いている

どこかで方向転換を間違えたようだ

うっかり右向け右してしまっていたようだ

鼻の先が熱くなって、ようやく気付いた

大事に至る前でよかった、急いで左向け左する

周りを見回して、何事もないことを確認する

少し速足で、先へ先へ進んでいく


他の人が大通りを歩くのであれば、

僕はなるたけ人通りの少ない道を選んで歩くだけだ

大通りに有名人が歩いていようと関係ない

期間限定のイベントには、ただちょっと興味があるけれど

それでも、よそ見こそが本懐

あるいは、よそ見をも飲み下すような生涯を

生きてきた年月に報いるような生涯を

すべからく時間が先立っている

事実として等しく明確に存在するのがソレだからだ

積み上げた本の数を誇ってみるのもいいだろう

きっと薄っぺらな、塀の向こうも覗けぬような

浅はかな生涯を証明するためだけの本になる


元の道に戻ろうとしてももうみちはのこっていない

誰の呼吸の音もきこえない

この先にも、たとえ戻った先にも、逃げ場所はない

口をついて出てくる気のない謝罪も

床に引かれた黒い線も、換えねばならないコロコロも

すべてを中身の見えない袋に詰めて、置き去ってしまいたい

確かに置いたはずなのに、気づけば懐に忍んでいる

わずかな重さの思い出たち

専用ケースのひとつもなければ、

どれだけ軽くても、心の隅に違和感を抱いたままだ


ガンガン鳴り響く声に苛まれながら、

足を動かすことに集中する

誰もいないことにこそ喜びを見出しながら

どうにもならないことにこそ時間を費やす

価値のない瓶を埋めるための道

切り離された紙片をかき集めるための道

自分の靴音を確かめるための道

間違っていることに気づかないための道

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