CDショップからの招待状

ポストマンが訪れる、手元にははがきが一枚

扉越しに、ポストに入れておいてくれと頼む

頑なに去ろうとしないポストマン

戦いは僕の粘り勝ち

おずおずと帰っていくポストマン


完全に足音が消え去ったのを確かめてから、

僕はポストの中を確かめる

一枚の薄っぺらなはがきはどうやら招待状のようで、

最近近所にできたと宣うCDショップのものだった

好事家も唸る品ぞろえに加え、ご新規さまにもお優しいらしい

スターターキットが七割引きで売られている


知ることはとても大事だ

知ることは入り口の場所を探すための一つの重要な手がかりだ

好きなものを作って、夢中になって

信じて、貫いて、そのために生きるような人生こそ至高で

何事に対してもフラットに、悪意なく好意的に接すること

それはある種の理想ではあるが、ただ自分の気持ちを明らかにして

自分が好きなことにひたむきに生きるだけでも十分に満たされるものだ

CDショップからの誘いはそんな絵にかいたような素晴らしい道筋への誘いであろう

僕はなお、二の足を踏んでしまう


CDショップの店員は熱く語る

温度差に辟易しながら、狂喜乱舞する人々を目前に眺む

手足のいずれも動かない

動かすような気力も気概もない

薄皮一枚をぺりぺりとめくるほどの力がないのか

あるいは足の間にあるちいさなちいさな家を守ろうと必死になっているのか

いずれにせよ、何か些細なことを気にしている


手足は動き方を知らないように見えるが、

それは動くなと長く命じられてきた結果だろうか

すべてすべて、うそっぱちの涙に思えるのだ

ぜんぶ忘れてしまうから


かちかちとこんろはから回る

火にくべるものを探して、ひとつひとつ、と指折り数えて回る

映画を、音楽を、人間を


たとえCDショップを訪れても、邪魔にしかならないことは目に見えている

せめて、手土産の一つでももっていかないと

よい品がないかとネットサーフィンを繰り返す

そうやって時間を溶かして、CDショップからのはがきは

日常に埋もれていく

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