ショーが始まる前に
舞台裏の緊張感は、通りすがりの僕をも蝕んだ
緊迫した面持ちで、されど確かな自信が揺らぐ目で
刻一刻と迫る開演時間を待っている
踊り子の集団は、最後のひと時まで、
自身の役割を再確認して、脳に焼き付けている
練習風景を見ていると、古くからの知己のように思える
親しみを感じてしまえば、自身の姿を重ねることは容易い
彼らに起きる出来事はすべて自分事として
感情の一瞬一瞬まで共有しているかのように錯覚する
カーテンコールのその時までは一縷の油断も許されない
一つの失敗はすべてを台無しにするし、
一人の失敗は全体の失敗を意味する
瑕疵ひとつあってはならない純朴な鏡面は、
彼らの姿を映し、寄り添うようであって、
彼らが失敗するときを今か今かと待ちわびているようだ
悪意はどこにでも転がっているが、
彼らにはそのようなものには惑わされず、
躓くことなくあってほしいと願う
それらは彼らへの願いであって、
同時に鏡に映った自分自身への祈りでもある
幕が上がり、踊り子たちは生まれたての稚魚のように
舞台上に放たれていく
一人がこけて、皆がぎょっとする
練習したはずの隊列は瞬く間に崩れて、
舞台上はあっというまに静まり返った
暗転、五分ほどたって、再び明かりがつく
舞台上には誰もおらず、観客がショーの開始を
今か今かと待ちわびている
踊り子の集団は、
緊迫した面持ちで、されど確かな自信が揺らぐ目で
刻一刻と迫る開演時間を待っている
どうやら、今のは練習だったようだ
そうだ、この世すべて須らくそうなのだ
すべて練習、いつか訪れる本番を安心して迎えるための練習
本番なんてものがいつ訪れるかわからない、
一度も訪れることのない可能性の方がきっと高い
それでもひたむきに、練習を積み重ねる
失敗したのであれば、それはまだ本番ではなかったということだ
過去は過去として、今後の贄にしてしまえばいい
どれだけ大切な瞬間であったとしても、
長すぎる道筋の合間にあっては、ただ一度が本番とはならないだろう
いつか一度成功するために、なけなしの機会を消化していく
踊り子たちは、まだ開演時間を待っている
次の開演はいつだろうか、重く上がることのない幕を、
ただ、見つめている
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