時計台の物語
ゆつらし
第1話
その街には古い時計台があった。どこかの国の大きく立派なレンガ造りの時計台とは違い、小さくてみすぼらしい木造の時計台だ。
ある年、強い嵐に見舞われて壊れてしまった。時計は止まり、時間が来ても鐘は鳴らない。街は時計台を修復せず、新しく大きな時計を街の中心に作った。どこからでも見える、ホログラム表示の時計を。
時計台は、いつしか忘れ去られ、時計台の周りを囲む木々に埋もれてしまった。
時計台のことを覚えているのは、時計台の近くにある小学校に通う子供たちだけだった。けれど、時計台に興味があったわけではない。子供たちの話題の中心は、時計台に出るという幽霊についてだった。
一年に一度は、幽霊を探しに時計台へ行く子供たちがいた。藪を払い、木の枝をくぐり、子供たちは時計台を目指した。
辿り着けた子供たちはいなかった。木々の間から壊れた青い屋根は見えているのに、どうしても辿り着けない。そんな不思議な体験が子供たちにとっては、ますます幽霊の存在を確かなものにしているように思えた。
ある年の夏休み。双子の姉妹も時計台を目指すことにした。
双子は、いままでの失敗段をたくさん聞き集め、慎重に計画を練った。準備を整え、毎日、少しずつ時計台を目指した。方向を確かめ、距離を測り、地図を描き、帰るときは印を残した。
時計台を目指し始めて、五日が経った。双子は枝の向こうに、壊れた時計を見た。忘れ去られた時計台の時計を、初めて目に出来るほど近づけたのだ。
双子は喜んで駆け出した。方向を確かめることも、距離を測ることも、地図を描くことも忘れて。
藪を払い、枝をくぐり、時計台目指して走った。けれど、行けども行けども近づかない。
肌寒い夏だった。
疲れた双子は座り込んで、持ってきたコーヒーとチョコレートで休息を取った。
それから、再び時計台を目指して歩き出した。行けども行けども、時計台には近づけない。
日が暮れてきた。
双子の姉が足を止めて泣き出した。もう帰ろう、と。
双子の妹は、描いた地図を取り出した。そのとき、足元に落ちたチョコレートの包み紙をみつけた。古くて汚らしい。半分は破け、土に還りそうになっていた。
双子の姉は、ゴミを捨てるなんて、と顔をしかめた。
双子の妹は、持って帰ろうと包み紙を拾い上げた。
そして、気がついた――。
それは双子が食べたチョコレートの包み紙だった。きっちり半分ずつ分けられるよう、チョコレートの形に合わせて双子の名前を書いてきたからだ。
とても数時間前に落とした汚れ方ではない。もう何年も何年も、野ざらしにされてきたような汚れ方だ。
双子は顔を見合わせた。手を繋ぎ、辺りを見回す。
木々の先に道を見つけた。双子は藁にすがる思いで、道を進んだ。
しばらく行くと木々が開け、時計台の前に出た。どこも壊れてなどいない、こじんまりした、けれど美しい木造の時計台。
青い屋根の下に、ピカピカに磨かれた真鍮の針がついた時計がある。時計の針が、ちょうど六時を示すと美しい鐘の音が辺りに響き渡った。そして時計台の中へ続く扉が開いた。
双子は時計台の中へ、ゆっくりと入って行った。
それから小学校では、こう語られるようになった。
時計台には双子の姉妹の幽霊が暮らしている。時計台に行って双子の姉妹に出会うと、コーヒーとチョコレートを食べるよう勧められ、食べてしまうとあの世へ連れて行かれる、と。
時計台の物語 ゆつらし @yutsura
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