第16話
西園寺隼人は、死刑台へ向かう罪人のような足取りで証言台へと進んだ。彼の目は虚ろで、僕と一条院どちらの顔も見ることができないようだった。彼が席に着くと、講堂の空気はさらに重くなった。
「西園寺君。緊張しなくていい。正直に覚えていることを話してくれればいいんだ」
僕はあえて優しい口調で語りかけた。だがその声が彼をさらに恐怖させていることは明らかだった。
「まず君と一条院君の関係について聞かせてほしい。君は彼のことを、最高のパートナーだと思っていた。そうですね?」
「……はい」
かろうじて彼が頷く。
「ではその最高のパートナーに対して、なぜ君は彼のパソコンから『特別会計報告書』という重要なデータを盗み出そうとしたのですか?」
僕の単刀直入な質問に、西園寺の肩が大きく跳ねた。一条院の弁護士が待ってましたとばかりに立ち上がる。
「異議あり!その件は原告、水城玲自身がトレーディングカードを餌に西園寺君を唆した、卑劣な罠であると結論が出ています!彼の犯行を、さも一条院君への裏切り行為のように言うのは悪質な印象操作です!」
その言葉に会場はざわめいた。「やはり水城が仕組んだことだったのか」という声が聞こえる。
だが僕はその反応を待っていた。
「その通りです」
僕はあっさりと弁護士の主張を認めた。
「僕が匿名の人物『K』として彼を唆した。それは事実です。僕のやり方が褒められたものではなかったことも認めましょう。ですが、重要なのはそこではありません」
僕は西園寺に向き直った。
「西園寺君。なぜ君は僕のその甘い誘いに乗ったんだ?なぜ一条院君のパソコンに、そんな『特別な』会計報告書が存在すると信じていたんだ?」
「そ、それは……」
西園寺は口ごもる。
「君は知っていたからだ。一条院司がこの学園の、汚い金に関わっていることを」
僕がそう言うと弁護士が再び激高する。
「根拠のない誹謗中傷だ!」
「根拠ならありますよ」
僕は冷ややかに言うとスクリーンに新たな証拠を映し出した。
それは一本の音声データだった。
『一条院さんはマジですげーんだって。教師どもの裏金とかも、全部アイツが握ってんだぜ』
スピーカーから流れてきたのは間違いなく西園寺隼人の声だった。
それは彼がデータを盗み出すよりさらに前の時期に、僕が詩織の協力で隠しマイクを使って録音しておいた彼の自慢話だった。
『五十嵐のジジイの息子の会社に、学園の工事費が流れてるって話も、全部一条院さんが一枚噛んでるから誰も文句言えねーの』
音声が止まった瞬間、講堂は先ほどとは比較にならないほどの大騒動に包まれた。
五十嵐教頭は理事席で心臓発作でも起こしたかのように胸を押さえている。一条院の父親は顔面蒼白だ。
西園寺の不用意な発言が、論文盗用問題とは全く別の、学園の根幹を揺るがす巨大な汚職スキャンダルの存在を白日の下に晒してしまったのだ。
西園寺は自分の声を聞き完全にパニックに陥っていた。
「ち、違う!これはその……ただの見栄で……!」
僕はそんな彼の見苦しい言い訳を冷たく遮った。
「論文の盗用は始まりに過ぎなかった。それは君の本当の邪悪さを示す一片だったんだ、一条院君」
僕は証言台の西園寺ではなく、被告席の一条院をまっすぐに見据えて言った。
「君はルールの上に君臨していると本気で思っていた。平気で他人のアイデアを盗み、友人を駒のように操る。そしてこの学園を私物化して不正な金儲けにまで手を染めていた。君が必死に守ろうとしたあのUSBメモリの中身が、その何よりの証拠だ」
一条院はもはや怒りの表情さえ浮かべていなかった。彼の顔から全ての感情が抜け落ち、能面のような無表情になっている。彼が本当に追い詰められた時に見せる顔だった。
僕は西園寺に最後の宣告をする。
「君への質問は以上だ。もう席に戻っていい」
西園寺はふらふらと、まるで幽鬼のように証言台を後にした。
そして僕は早乙女理事に次の要求を告げた。
その名前が呼ばれた瞬間、講堂の片隅で一人の女子生徒の肩が悲鳴を上げるように震えた。
「本日、最後の証人として、白石結菜さんを証言台に」
かつて一条院司という神を誰よりも純粋に信じていた巫女。
彼女が今、偽りの神に最後の審判を下すために召喚されようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます