第15話
「証人を要求します。田中正平氏を証言台へ」
僕の言葉に、講堂は大きくどよめいた。不正な進路指導で職を追われた教師の名は、この場にいる誰もが知っている。一条院の弁護士がすぐさま立ち上がり、鋭い声で異議を唱えた。
「異議あり!田中氏の案件は、本件の主題である論文盗用とは無関係です!」
「異議を却下します」
しかしその声を遮ったのは、司会進行役の早乙女理事だった。彼女は冷徹な目で弁護士を見据える。
「本討論のテーマは、論文盗用問題に限りません。『一連の騒動における真実の究明』です。田中氏の証言が学園の名誉に関わるかどうか、それを判断するのは話を聞いてからでも遅くはないでしょう」
彼女の介入により、弁護士は苦々しい表情で席に戻るしかなかった。
やがて講堂の脇の扉から、一人の男が姿を現した。
田中正平。彼は見る影もなくやつれていた。かつての威厳は消え失せ、今はただ怯えた小動物のように肩を縮こませている。おぼつかない足取りで証言台へと向かった。
僕が彼が席に着くのを待って、尋問を開始した。僕の声には一切の感情が乗っていなかった。
「田中先生、お久しぶりです。まず確認させてください。あなたは長年にわたり本校で進路指導を担当し、その職務に誇りを持っていましたね?」
「……はい」
蚊の鳴くような声で彼が答える。
「ではお聞きします。なぜ輝かしい経歴を持つあなたが、正体不明のUSBメモリに入っていた裏付けのない情報を鵜呑みにし、生徒の人生を左右する進路指導を行ったのですか?」
図星を突かれ、田中先生は顔を青ざめさせた。言葉に詰まる彼に、僕は畳み掛ける。
「答えられないのも無理はありません。では質問を変えましょう。あなたは特定の生徒を優遇したことはありませんでしたか?例えば卒業生の総代であり、理事の息子でもある一条院司君のような生徒を」
「そ、それは……」
「異議あり!」と再び弁護士が叫ぶ。
「却下します」と早乙女理事が即答する。このやり取りはもはや様式美だった。
僕は用意していた証拠を講堂の巨大なスクリーンに映し出した。それは一条院の過去数年間の成績データと、課題の提出記録だった。
「一条院君は何度も提出期限を破っています。しかしその度にペナルティが課されるどころか、最高評価を得ている。これはあなたが彼の成績を、意図的に操作したからではありませんか?」
スクリーンには一条院の遅延したレポートに、田中先生の筆跡で「大変素晴らしい内容だ。遅れたことは不問とする」と書かれたコメントが赤裸々に映し出される。
「僕は一度でも提出が遅れれば、即刻評価を下げられました。この差は一体何ですか?これがあなたの言う、公平な指導ですか?」
田中先生は脂汗を流しながら、うつむくばかりだ。
僕は最後の一撃を放つ。
「僕の退学を決めた聴聞会で、あなたはこう言いました。『水城のような特待生が、一条院君ほどの論文を書けるはずがない』と。その発言の根拠は何だったのですか?僕の論文を一行でも読みましたか?僕のこれまでの努力を、あなたは見てきましたか?」
「……」
「答えてください、先生!」
僕が初めて声を荒らげた。
その声にびくりと肩を震わせ、田中先生はついに崩壊した。
「……わ、私には分からなかった……。一条院君は特別だから……。学園にとって必要な生徒だから……。そう、思い込んでいたんだ……。すまなかった……」
彼は証言台の上で泣き崩れた。
その姿は一人の教師の失墜だけを意味するものではなかった。陽泉学園という組織全体が、いかに一条院という権力に忖度し腐敗していたかの動かぬ証拠となったのだ。
一条院は顔を真っ赤にして怒りに打ち震えている。彼の作り上げた完璧なイメージに、最初のそして致命的な亀裂が入った瞬間だった。
僕は泣きじゃくる田中先生に冷たく背を向けた。
「この人物への尋問は以上です」
そして早乙女理事に向き直り、次の駒を盤上へと進めた。
会場の誰もが息をのむのが分かった。
「次の証人として、西園寺隼人君を証言台に要求します」
生徒たちの輪の中で、西園寺隼人が幽霊のように真っ白な顔でゆっくりとこちらを振り返った。
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