第14話

決戦の火蓋が切られた。

陽泉学園第一講堂。その場所は異様な熱気に包まれていた。詰めかけた全校生徒と教師たち。後方には固唾をのんで成り行きを見守る理事会と、早乙女理事の計らいで入場を許可された一部メディアの関係者がいる。彼ら全員が、これから始まる前代未聞のデュエルの目撃者だった。


講堂の中央に設置された二つの演台。被告席には、すでに一条院司が座っていた。彼は完璧な仕立てのスーツに身を包み、まるで悲劇の王族のような気品と尊厳を漂わせている。彼は僕を待ち構え、その瞳には軽蔑と絶対的な勝利への確信が浮かんでいた。言葉の力だけで僕をねじ伏せられると信じきっている顔だ。


やがて講堂の後方の扉が開き、僕、水城玲が入場した。

原告である僕の登場に、会場全体が息をのむ。僕は飾り気のないダークスーツを着ていた。退学処分になった時の惨めで哀れな姿はどこにもない。背筋を伸ばし、誰と目を合わせることもなく、ただまっすぐに自分の演台へと向かう。その姿は復讐に燃える亡霊か、あるいは冷徹な処刑人か。集まった誰もが僕のその変貌ぶりに戸惑っているのが空気で分かった。


司会進行役を務める早乙女理事がマイクの前に立ち、凛とした声で開会を宣言した。

「これより、陽泉学園名誉規定第7条2項に基づき、特別公開討論会を開始します。討論の目的はただ一つ、真実の究明です。感情的な罵り合いは許されません。全ての主張は、証拠に基づいて行われるものとします」


彼女は討論のルールを簡潔に説明した。開廷の辞、証拠提出、証人喚問、そして最終弁論。その全てを経て、理事会が最終的な審判を下す。


「では始めに、被告、一条院司君より開廷の辞を」

早乙女理事に促され、一条院がゆっくりと立ち上がった。

彼はまず会場全体を悲痛な表情で見渡し、深く頭を下げた。完璧な演技だ。

「皆さん、この度は私の不徳の致すところにより、このような騒動をお見せすることとなり、誠に申し訳ありません」


芝居がかった謝罪の後、彼は僕を指差した。

「しかし、断じて申し上げておく!私は被害者です!そこにいる水城玲君は自らの落第を受け入れられず、私とこの学園を逆恨みした。そして卒業式での常軌を逸したパフォーマンスに見られるように、彼はもはや正常な精神状態ではないのです。彼の目的は真実の究明などではない!私個人の名誉を失墜させ、この学園を混乱に陥れること、ただそれだけなのです!」


彼の言葉は力強く、情熱に満ちていた。同情を誘い、僕を異常者として断罪する。聴衆の心を掴む術を知り尽くした、見事な演説だった。

「今日ここで、彼の卑劣な嘘と捏造を全て暴き、この茶番劇に終止符を打つことを、皆さんの前で誓います!」

一部の生徒から、同情的な拍手が起こった。


続いて僕の番が来た。

「原告、水城玲君、開廷の辞を」

僕は静かに立ち上がった。マイクの高さを調整し、一瞬だけ会場を見渡す。そして一条院と、初めて視線を合わせた。

僕は彼のように声を張り上げたりはしない。ただ、事実だけを淡々と告げた。

「僕は今日、復讐のためにここに来たのではありません。真実のために来ました」


講堂は、水を打ったように静まり返る。

「僕は論文を盗まれ、剽窃の罪を着せられ、退学処分となりました。僕の名誉は根こそぎ奪われた。被告、一条院司は僕を嘘つきであり犯罪者だと言います。僕は、彼を盗人であり詐欺師だと主張します」


僕は一度言葉を切り、再び一条院をまっすぐに見た。

「今日この場で、全ての証拠が語るでしょう。この討論が終わる時、どちらが本当にこの陽泉学園の名誉を汚したのか。その答えは、誰の目にも明らかになっているはずです」


僕の短いスピーチは、一条院のそれとは対極的だった。感情を排して事実のみを追求する僕の姿勢は、逆に不気味なほどの説得力を持って会場に響き渡った。


早乙女理事が、厳かに宣言した。

「開廷の辞は以上とします。これより、証拠の提出に移ります。原告、水城玲君、どうぞ」


僕は、氷のような目で一条院を見据えた。

「最初の証拠として、僕は証人を要求します。皆さんもよくご存知の人物です」

会場がざわつく。

僕はマイクに向かって、はっきりとその名前を告げた。


「最初の証人として、田中正平氏の証言を求めます」


その名が告げられた瞬間、講堂に衝撃が走った。理事席に座る五十嵐教頭の顔が引きつり、一条院の完璧な表情に、初めて焦りの色が浮かんだ。

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