壊れたペンケースに新品の消しゴム。
小腹が空き始める三限目の終わり。終了のチャイムと共に教室内が騒がしく動き出した。
ガサガサと教科書を仕舞っていると、ガタガタッと、椅子が机をノックする音が彼方此方から聞こえてくる。トイレに行こうか、と席を立つと聞き慣れた声に止められた。
「売店行こーぜ」「あ、金払うからジュース買ってきて」「おけ」「サンキュー」
売店の側のトイレか、と若干諦め顔で隣に来た奴に頷き返し、一緒に教室を出た。
「隣のクラスの斉藤、彼女出来たの知ってるか?」「そうなんだ」「羨ましいぃぃ」
あはは、と笑いながら歩く廊下で反対側から歩いて来た女子と軽く肩がぶつかってしまった。
「ごめん、大丈夫?」
ガチャっと廊下に落ちた教科書とノート、ペンケースを咄嗟に拾い集め、彼女に渡す。
「大丈夫だよ、こちらこそよそ見してた。ごめんね」
受け取った顔に申し訳なさを滲ませながら、「じゃあ」とすれ違って離れて行った。
気をつけよう、と思いながら少し先で待っていてくれた友人のもとへと向かおうとした時、廊下の隅に落ちていた真新しい消しゴムが目に映った。
「あ」
振り返ったところで、先程の女子は見当たらない。しまったな、と思いながら後で届けようとポケットに突っ込んで、歩き出す。
昼休み、弁当を食べた後友人達に「ちょっと野暮用」と別れてさっきの女子に消しゴムを届けようと教室を出た。
友人情報では、隣の隣のクラスの子らしいので、その教室に向かい入口の扉を覗くと、何人かの生徒がこっちをチラッた見てきたが、先程の女子は居ないようだった。
昼休みだし、何処か違う場所でご飯食べてるのかな、と思い出直そうとしたら中学時代の部活仲間が声を掛けてきたので、聴いてみる。
「佐久間さん?どうだろう。何時も居ないなぁ...あ、図書委員だから図書室とかじゃね?」
「サンキュー」と手を振って図書室を目指して歩く。消しゴムくらい、と言えばそれまでだけど、何となく申し訳なさが勝ち、キチンと届けようと思うから。
図書室は昼休みの喧騒から切り離されたかの様に静かに壁掛け時計がカチッカチッとリズムを刻んでいた。
それに見合うくらいの人数がゆったりと本のページをめくっている。室内は直射日光が本を痛めないように薄手のカーテンで閉め切ってあり、程よい空調も相まって過ごしやすい空間となっている。
騒がしくならないよう気をつけて辺りを見渡せば、お目当ての女子は貸し出しカウンターの一つに座り、何やらプリントに記入していた。
「あの」
さらり、と顔を上げた時に髪が靡く様が、大人しく落ち着いた印象を与える。佐久間さんは、「あ、さっきの」と慌ててプリントを裏返しながらシャーペンを置いた。
「本の貸し出し?それとも探してる?」
図書委員らしい対応に苦笑いしながら、ポケットから消しゴムを取り出して渡す。
「ごめん、拾い損ねてた。気づいた時にはもう居なかったから、ほんとにごめん」
頭を下げて伝えると、「あ、そうだったんだ」と受け取ってくれた。彼女はその消しゴムを壊れたペンケースに仕舞いながら少し微笑んで、「態々ありがとう」とお礼を言ってきた。
「じゃあ」、と踵を返して図書室を出る。扉を閉める時に見た彼女は、再びプリントと睨めっこをしていた。
放課後、帰る前に昼間の教室に寄って元部活仲間に会いに行き、久しぶりに一緒に帰った。
中学時代の部活話で盛り上がって、最近の高校生活、下世話な男同士の話など話題には困らなかった中、自然と聞きたかったような、聞きたくなかったような目的の話もちゃんと聞けた。
「今月何個目の消しゴムなの?」
目を見開いている図書委員の佐久間さんは、カウンター越しに「え、いや...」と慌てている。昨日と変わらず壊れたままのペンケース。シャーペン、新しい消しゴム。
ぽつり、ぽつりと独白のように語る内容は、よく聞くようなありきたりの話と錯覚してしまうが、我が身に降り掛かる事となれば簡単には解決出来る筈もないと思う。
この手の話は万国共通、いや、国や文化だけでは無く、世界が違っても変わらない。
無邪気な悪意は平気で人を攻撃する。その方法が違うだけだ。
そして、対処も違う。ただそれだけ。
「これ、あげる。ただの御守りだけど、必ず持ち歩いて」
はてなマークが浮かんでそうな彼女は、それでも話を聞いてくれた恩義を感じてか、小さな猫のぬいぐるみを壊れたペンケースにつけてくれた。
「いつでも話聞くから」
と、その場を後にする。この間なように扉を閉める際に見た佐久間さんは猫のぬいぐるみを見て少し笑顔になっていた。
「売店行こうぜー」
と誘われた一週間後の三限目の後の休み時間、ふと、廊下ですれ違った図書委員の佐久間さんの隣りには、仲の良さそうな女子が居て楽しそうにお喋りしながら歩いていた。
立ち止まり、振り返っていた俺に友人は声を掛ける。
「どーした?」
彼女の持つ相変わらず壊れたペンケースには、小さな猫のぬいぐるみがプラプラと揺れていた。
「いや、何でもない」
もう、消しゴムもだいぶすり減っているのかな、なんて他愛も無い事を考えながら売店へと歩き出す。
〈
簡単な悪戯初級魔法。この世界のハンムラビ法典で有名な【目には目を、歯には歯を】のような損害に生じた事象に適当な補償をしましょう、という感じのベクトルを逸らすだけの簡易なもの。
あっちの世界では、母親が子供を教育する為にだけしか使われないようなこの魔法も、こっちの世界では一人の女の子を救うには役立つみたいだ、と改めてこの世界はファンタジーだなぁ、と考えさせられた。
この日の放課後、元部活仲間が佐久間さんに告白して玉砕したと、ファミレスで二時間も付き合わされたのには苦笑いだが。
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