エピローグ

西暦10000年。

かつて人類が築き、滅ぼしたあの地球は、依然として太陽のまわりを回っていた。


地軸はあまり変わらず、月は満ち欠けを繰り返し、大気は時間をかけて安定し、緑は――再び芽吹いていた。


最初に戻ってきたのは、藍藻のような原始の生命体だった。


地下深くに隠れていた彼らは、過酷な放射線にも耐性を持ち、


酸素を吐き出し、少しずつ、ほんの少しずつ、空を「青」に染め直していった。


次に、大地が反応した。

地熱の恩恵を受けて活動を再開した微生物の一部は、やがて複雑な形態に進化し始めた。


それは長い長い――数百万年の静寂のなかで、決して止まることのない鼓動だった。


そして、再び太陽の光が、地球に黄金の朝をもたらしたある日。


一つの“目”が、大地に開いた。


それは、かつての人類とはまったく異なる生命体だった。


皮膚は透明に近く、呼吸は光合成に依存し、骨格は柔軟で、視覚は赤外域にまで届いていた。


彼らは言葉を持たず、言語の代わりに共鳴で意思を伝えていた。


暴力を知らず、縄張りも作らず、争いの概念そのものを持たない。


ただ“生きること”に集中する生命体だった。


彼らは、生まれた世界を「壊された星」として認識していた。


ある個体が、朽ちた記憶の箱を発見した。

中には文字が並び、音が詰まっていた。


だが彼らには、それが“何”であるかを理解する術がなかった。


彼らの文明には、文字という概念も、記録という思想も、持ち得ていなかった。


しかし――


彼らは、その箱の音を聞いた。

わずかに再生された声。

かつての言語で語られる、最期の祈り。


『…私たちは、生きた。』

『そして、滅んだ。』

『でも、この星は、美しかった。』

『それを、誰かに伝えたかった。』


その声は、何かを“感じさせた”。

意味は理解されなかったが、響きだけが、彼らの記憶に残った。


それは、音というより、風のようなものだった。


やがて、その音の再現を試みる個体が現れた。

彼らはそれを、風の調べに乗せて群れに伝えた。

仲間が耳を澄ませ、光を揺らし、共鳴しながら受け取った。


それは新たな“文化”の芽生えだった。

言葉なき種が、“音”を通じて、かつての存在と対話を始めたのだった。


何十万年という歳月が過ぎても、地球にはまだ「物語」が残っていた。


かつて愚かだった人類の遺産が、無言のまま新たな種に“何か”を伝えていた。


それが後悔か、希望かは分からない。

だが確かに、記憶は残っていた。


そしてその日――彼らの群れのひとつが、夜空を見上げた。


星が瞬いていた。

その光を見て、彼らの身体は共鳴音を放った。


まるで、かつて人類が夜空を見上げ、願いを込めて星に語りかけたように。

まるで、記憶が、新たな命へと引き継がれていくように。


彼らは、前の住民のホモ・サピエンスに並ぶ文明を築くのだろうか?


だが森林、土壌、水資源、大気、野生生物は回復するだろうが、鉱物、化石燃料は回復しない。


地球はまた、物語を紡ぎ始めていた。


灰のなかから芽吹いた、静かな、やさしい物語を――。

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イラン、イスラエル戦争 わんし @wansi

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