第2話 ひいらぎ探偵事務所

「詩乃さん!!起きてください!!」

ソファで寝ている小柄な女性を起こそうとしているが一向に起きない。

僕がここでバイトを始めてから早1年。ここはどこかと言うと、福岡市にある霊媒師がいる事務所「ひいらぎ探偵事務所」。

20畳ほどの広さで、入り口から入って右側にソファ4脚とテーブルが並べてある。いわゆる応接室だ。

左側は、オフィスデスク2台にデスクトップパソコンとノートパソコンが1台ずつ並んでいる。

それ以外は殺風景な部屋だ。本棚もなく、カレンダーや飾ってるものもない。

入り口正面には扉があるが、詩乃さんのプライベートルームらしい。

僕もまだ入ったことがないが、詩乃先生が扉を開けた時にさりげなく中を覗くと本が散らかっているのが見えた。

意外と勤勉家なのだなと感心した覚えがある。


こんなところで成り行きで働くことになってしまったのだが、代表をしている「柊 詩乃(ひいらぎ しの)」から雑な扱いを受けている。

成り行きというのは、長くなりそうだからいずれ話すとしよう。


僕の名前は「九重 太郎(ここのえ たろう)」。

苗字と名前が合っていないのは僕が一番分かっている。

先祖が霊媒師をやっていたようだが、僕には全く才能がない。

唯一ある才能と言えば、霊に取り憑かれやすいということだろうか。

その才能を詩乃さんにはいいように使われているのだが。


さあそんなこんなで朝イチから代表の詩乃さんを一生懸命起こしているのには訳がある。

この「ひいらぎ探偵事務所」の上下にある弁護士事務所「旭法律事務所」代表である「旭 蘭(あさひ らん)」が乗り込んできたのだ。


「詩乃!!!!!!あんたを訴えたいって人がこっちに相談に来てるのよ!!!!!何回やれば気が済むの!!!!!!」


すごい形相。

高めの位置にポニーテールで黒い髪を結んでいる。鼻筋はくっきりしており、細身のスーツをしっかりと着こなした女性。

どことなく詩乃さんに似ている顔立ちは、二人が姉妹であることの徹底的な証拠だろう。

旭さんは若くして結婚した。夫が蒸発してから、夫が経営していた法律事務所の運営を行うことになり、司法試験に挑んだ。

元々大学卒業後に司法試験に挑戦する予定であったが、妊娠により断念していた旭さんは空白期間を経ての挑戦となった。

そして今や美人弁護士として福岡で名前が知れ渡ったのである。


そんな完璧に見える旭さんでも、柊詩乃を怒っている時は冷静さを失い、顔が真っ赤になる。

真っ白な肌が台無しだ。


ちなみに怒られている当の本人はまだ爆睡している。


その様子を見て旭さん一瞬鬼の形相になったが、すぐに呆れた顔をして僕の方を向いた。

「九重君。君に話をしておくから、後でこの子に伝えておいてくれない?」

僕は了承した。


要件をまとめると、

・依頼料が高額すぎること。

・詩乃さんの接客態度が悪いこと。

・本当に祓えているか分からないからお金を払いたくないとのこと。


ざっとこういうことだろうか。

要件をメモに書いていると、ソファーから寝ぼけたような声が聞こえてきた。

「依頼料は妥当だ。もしお金を払わないようならもう一度霊を憑けてやってもいいが。接客態度は知らん。」

どうやら寝たふりをしていたらしい。

旭さんは鋭い目で詩乃さんを睨んだ。

その眼光から隠れるように詩乃さんはソファにかけてあったブランケットを取り、体を隠すように包まった。


「とりあえず、それが依頼主からの要望だから。謝罪するなり金額を見直すなり方法を考えといて。明日また詳しく解決策を考えましょう。」


そう言って旭さんが部屋を出ようとした時、誰かが扉をノックした。

旭さんが扉を開けると、そこにはボブほどの髪の毛にウェーブがかかった20代前半程度の可愛らしい女性が立っていた。


詩乃さんはブランケットの隙間から顔を出し、『この人がクレーマー?』と言わんばかりの表情を旭さんに向けた。

旭さんは目を丸くして首を横に振る。


少しの沈黙を破ったのは意外にも僕だった。

「何かご相談でしょうか?もし法律関係で困ったことがあるのでしたら、法律事務所の相談受付は1階になってます。」

詩乃さんがこちらをじっと睨んでいるのは見なくても分かる。

最初っからこの「ひいらぎ探偵事務所」に間違って入ってきたという僕の考えが気に食わないのだろう。

女性は少し不安そうな顔をしながら答える。

「こちらへの相談で間違いありません。友人にこの事務所の話を聞いて相談しに来たんです。」

少し黙り込み、大きく深呼吸をした後に続けて、

「助けてください!!私呪われてしまったみたいなんです!!」

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