第15話

エリスと会って以来、俺はギルドの依頼を終えると、酒場の裏手に立ち寄るのが日課になっていた。そこで俺は彼女の歌声に耳を傾ける。彼女は少しずつ、素顔をさらけ出すようになっていた。


「ケンタさん、今日も来てくれたんですね!」


エリスは俺の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってくる。その笑顔は、舞台の上での華やかさとはまた違う、ひまわりのような明るさだった。


「ああ、お前の歌が聞きたくてな」


俺がそう言うと、エリスは頬を少し赤らめた。


「もう!ケンタさんたら、恥ずかしいこと言わないでくださいよ……でも、嬉しいな」


彼女はそう言って、俺の腕にそっと触れてきた。俺も、エリスの純粋な歌声と、俺に向けられるまっすぐな好意に、強く惹かれ始めていた。



ある日の夜、酒場が閉店時間を迎えた後、エリスが俺に声をかけてきた。


「ねぇ、ケンタさん。今夜、私の歌を、あなただけに聴かせてもいいですか?」


エリスは少し緊張した面持ちで、でも、どこか期待に満ちた瞳で俺を見つめた。


「え、俺だけに?」


俺が聞き返すと、エリスはこくんと頷いた。


「はい。誰にも邪魔されずに、あなただけのために歌いたいんです。私の本当の歌を、あなたに届けたい」


その言葉に、俺は胸が高鳴った。俺は迷うことなく、エリスの誘いを受け入れた。


酒場の中は、昼間とは打って変わって静まり返っていた。舞台の上のスポットライトが、二人だけを優しく照らしている。エリスは舞台の中央に立ち、俺はそのすぐ目の前に座った。


「じゃあ……歌いますね」


エリスは深呼吸を一つすると、ゆっくりと目を閉じた。そして、静かに歌い始めた。その歌声は、普段酒場で聞くものよりも、ずっと繊細で、そして力強かった。俺だけのために歌われたその歌は、エリスの心の奥底にある感情が、そのまま音となって俺の心に流れ込んでくるようだった。


彼女の歌声は、甘く、切なく、そして情熱的だ。まるで、俺の心に直接語りかけているような、そんな不思議な感覚に陥る。エリスは歌いながら、俺の目をじっと見つめている。その瞳には、深い愛情と、俺を信頼しきっているという確かな感情が宿っていた。


歌が終わると、エリスはゆっくりと目を開け、俺に微笑みかけた。その顔は、汗と涙で少し濡れていたが、今まで見た中で一番輝いて見えた。


「ケンタさん……私の歌、届きましたか……?」


エリスは震える声で尋ねた。


「ああ、届いたよ。最高だった。お前の歌、俺の心に響いた」


俺がそう言うと、エリスは安堵したように、そして嬉しそうに、俺の胸に飛び込んできた。


「よかった……!本当に、よかった……!」


エリスの温かい体が、俺の胸に抱きしめられる。俺は彼女の背中に腕を回し、優しく抱きしめ返した。

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