第3話

 騎士団宿舎の一室。俺は、セシリアが書類に目を通す音を聞きながら、ぼんやりと天井を眺めていた。王都に到着してから数日、俺はセシリアの保護のもと、騎士団宿舎で世話になっている。食事は支給され、寝床もある。異世界に転移したばかりの身としては、これ以上ないほどの恵まれた環境だった。


「なあ、セシリア」


 俺は、書類から目を離さないセシリアに声をかけた。


「何だ」


 セシリアは短い返事をする。


「お前、いつもそんなに忙しいのか?朝から晩まで、ずっと書類ばっかり見てるな」

「これが私の職務だ。騎士団副団長としての責務がある」


 セシリアの顔は、いつものように険しい。しかし、俺にはその中に疲労の色が見て取れた。


「でもさ、ちょっとは休んだ方がいいんじゃないか?顔色悪いぞ」


 俺の言葉に、セシリアは初めて書類から目を離し、俺の方を見た。その瞳には、一瞬だが驚きのような色が浮かんだ。


「余計な世話だ。お前は自分の心配でもしていろ」


 そう言い放つセシリアだが、俺には彼女が内心で動揺しているのがわかった。彼女は朝早くから夜遅くまで、休むことなく職務に当たっている。書類の山に埋もれ、訓練場では誰よりも厳しい顔で兵士たちを指導する。その姿はまさに「完璧な騎士」そのものだった。しかし、その完璧さの裏には、周囲からの期待と、それに完璧に応えようとする重圧がひしひしと伝わってくる。俺には、彼女がその重責に人知れず苦しんでいるように見えた。



 ある日の午後、俺は宿舎の廊下で、珍しく一人で立ち止まっているセシリアを見かけた。彼女の表情には、いつもの厳しさはなく、どこか遠くを見つめるような、疲弊した色が浮かんでいた。


「セシリア、何してるんだ?」


 俺が声をかけると、セシリアは小さく肩を揺らした。


「別に。お前には関係ない」

「関係なくないだろ。なんか疲れてるみたいに見えるぞ」


 俺の言葉に、セシリアは何も言わない。ただ、俯いたままだった。俺は、自分が持つ「魅了」スキルを思い出した。この能力が、もしかしたら彼女の心の負担を軽くする助けになるかもしれない。そんな漠然とした考えが俺の頭をよぎった。セシリアは、常に完璧を求めるあまり、自分自身を追い込んでいるように見えた。俺は、彼女のそんな姿を見ているのがつらかった。


 俺はセシリアの傍に歩み寄った。


「なあ、無理しすぎんなよ。お前が倒れたら、困るやつもいるんだぜ?」


 俺の言葉に、セシリアはゆっくりと顔を上げた。彼女の瞳には、ほんのわずかだが、俺の言葉に心を揺さぶられたような色が浮かんでいた。俺は、自分に何ができるのか、まだ具体的には分からなかった。ただ、目の前の女性が抱える重荷を、少しでも軽くしてあげたい。そんな衝動に駆られていた。

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