第3話
騎士団宿舎の一室。俺は、セシリアが書類に目を通す音を聞きながら、ぼんやりと天井を眺めていた。王都に到着してから数日、俺はセシリアの保護のもと、騎士団宿舎で世話になっている。食事は支給され、寝床もある。異世界に転移したばかりの身としては、これ以上ないほどの恵まれた環境だった。
「なあ、セシリア」
俺は、書類から目を離さないセシリアに声をかけた。
「何だ」
セシリアは短い返事をする。
「お前、いつもそんなに忙しいのか?朝から晩まで、ずっと書類ばっかり見てるな」
「これが私の職務だ。騎士団副団長としての責務がある」
セシリアの顔は、いつものように険しい。しかし、俺にはその中に疲労の色が見て取れた。
「でもさ、ちょっとは休んだ方がいいんじゃないか?顔色悪いぞ」
俺の言葉に、セシリアは初めて書類から目を離し、俺の方を見た。その瞳には、一瞬だが驚きのような色が浮かんだ。
「余計な世話だ。お前は自分の心配でもしていろ」
そう言い放つセシリアだが、俺には彼女が内心で動揺しているのがわかった。彼女は朝早くから夜遅くまで、休むことなく職務に当たっている。書類の山に埋もれ、訓練場では誰よりも厳しい顔で兵士たちを指導する。その姿はまさに「完璧な騎士」そのものだった。しかし、その完璧さの裏には、周囲からの期待と、それに完璧に応えようとする重圧がひしひしと伝わってくる。俺には、彼女がその重責に人知れず苦しんでいるように見えた。
◇
ある日の午後、俺は宿舎の廊下で、珍しく一人で立ち止まっているセシリアを見かけた。彼女の表情には、いつもの厳しさはなく、どこか遠くを見つめるような、疲弊した色が浮かんでいた。
「セシリア、何してるんだ?」
俺が声をかけると、セシリアは小さく肩を揺らした。
「別に。お前には関係ない」
「関係なくないだろ。なんか疲れてるみたいに見えるぞ」
俺の言葉に、セシリアは何も言わない。ただ、俯いたままだった。俺は、自分が持つ「魅了」スキルを思い出した。この能力が、もしかしたら彼女の心の負担を軽くする助けになるかもしれない。そんな漠然とした考えが俺の頭をよぎった。セシリアは、常に完璧を求めるあまり、自分自身を追い込んでいるように見えた。俺は、彼女のそんな姿を見ているのがつらかった。
俺はセシリアの傍に歩み寄った。
「なあ、無理しすぎんなよ。お前が倒れたら、困るやつもいるんだぜ?」
俺の言葉に、セシリアはゆっくりと顔を上げた。彼女の瞳には、ほんのわずかだが、俺の言葉に心を揺さぶられたような色が浮かんでいた。俺は、自分に何ができるのか、まだ具体的には分からなかった。ただ、目の前の女性が抱える重荷を、少しでも軽くしてあげたい。そんな衝動に駆られていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます