第5話:たくさんの初めて

夜の浪速に、冷たい雨が降り注いでいた。ネオンの光が濡れたアスファルトに滲み、街全体が涙を流すようだ。


空堀防空壕跡の隠れ家。テーブルには缶コーヒーが二つ、ひとつはまだ冷め切っていない。懐飆が時計を見ながら呟く。


「もうすぐ、正式な迎撃要請が来るはずや」


証は黙って銃のレールを拭き、パーツを点検していた。だが、いつもの落ち着きがない。


「……俺、初めて負けそうな気がする」


懐飆が肩越しに振り返る。


「初めて負ける、か?」


証は視線を上げず、ゆっくり頷いた。


「“狙撃手”として、勝率100パーセント。これまで、外したことも、負けたことも、失敗も――全部初めてだった。サバイバルとしては最高やったかもしれん」


雨音が防空壕の天井を激しく叩く。


「……でも、今回の相手は“負ける”相手やない」


懐飆の声は低い。だが確かな熱を宿していた。


「そいつはの右腕と呼ばれるヤツや。この雨の中、迎撃部隊が多数来るって話やし、狙撃戦やないで。妨害、撹乱、囮……全部織り交ぜてくる」


証はゆっくりと銃を組み立て、念入りにスコープを取り付ける。


「おれ……いつもの“一人で狙撃”の方法じゃ、間違いなく終わる」


「だから……」


懐飆が拳を握りしめ、近づく。


「今回は、うちと一緒に撃つんや。初めての“二人同時狙撃”ってやつをな」


証は一瞬だけ表情を緩め、だがすぐに引き締めた。


「初めて――か。いいな、その響き」



---


一、迎撃作戦開始


23時20分。浪速中央市場裏手。


雨で視界は悪く、街灯の明かりがにじむ。証は建物の4階屋上、懐飆は隣のビルの非常階段踊り場。距離約40メートル。


「証、ヒートシグナルで敵影、三体確認」


懐飆の無線。熱感知スコープが赤い点を捉えている。


「了解。こっちも確認。暗視じゃ誰だか分からんが、複数の狙撃ポイントを確保してる」


「命令は、新旧蛇ノ目構成員を“撃破”し、最終的に“設置監視機”を守ることや」


「設置監視機?」


「“目”が復活せんように、破壊しに来るんや。そいつらを食い止めなあかん」


雨に濡れた銃身が冷たく光る。


「よし……やるか」


二人は同時に構え、深く息を吸う。



---


二、初めての共闘狙撃


「三、二、一……ファイア」


合図と共に、二人のトリガーが同時に引かれる。


──Crack!──Crack!


二発の銃声が混ざり合い、闇を貫いた。赤い発射炎が一瞬、雨に溶けて消える。


敵構成員の一人が額に赤い点を纏い、膝をつく。残る二人は慌てて姿勢を変える。


「ナイスショット……やけど、まだまだ来るで!」


懐飆の声。背後の階段から銃声が響く。補給部隊、残党狙撃手も混じっている。


「こいつら、狙撃部隊と機動部隊、両方から来とる」


「こんなもん……」


証は鋭く目を光らせ、弾薬箱から追加のマガジンを取り出す。


「初めてやな。こんなに騒がしい狙撃戦」


銃声が雨音と混ざり、アスファルトに弾痕が増えていく。



---


三、初めて見る恐怖


防空壕の入り口付近、囮として配置された民間人グループがパニックに陥った。


「誰か助けて……!」


証の心臓が跳ねる。これまでは“敵しか撃たない”。だが今回は周囲にも民間人がいる。


「邪魔すんな……! 動かないでろ!」


証はスナイパーを構えつつも、民間人の影を避けて射線を確保しようとする。


「初めて……人質のいる戦い」


雨の中、民間人の悲鳴が夜風に乗ってくる。



---


四、初めての敗北の予感


「設置監視機、あと十メートル! 守り切れへん!」


懐飆の声が焦燥に満ちる。機体を抱えた敵集団が迫ってくる。


「ここで……撃つしかない!」


証は狙いを定めるが、次の瞬間──


背後から、速射の銃声が連続で響いた。


──Bang! Bang! Bang!


銃弾が証の背後をかすめ、肩に衝撃が走る。


「証!」


懐飆が駆け寄るが、証は膝をつき、銃を低く落とす。


「……当てられた」


血が制服の肩を赤く染める。冷たい感覚が胸に広がった。


「初めて……俺が狙撃されるなんて」


憤怒と恐怖が交錯する。視界が揺れ、銃口が震えて定まらない。


「負ける……?」


いや──これは、負ける予感ではなく。


“狙撃手”としての過信が、初めて傷を許した瞬間だった。



---


五、初めての依存と信頼


懐飆が証の背を押し、銃を受け取った。


「うちが……うちが撃つ!」


連続して、懐飆の短銃が弾丸を吐き出す。


──Crack!──Ping!──Pop!


敵のラインを寸断し、設置監視機に迫る別動も食い止めた。


証は膝をついたまま、懐飆の射撃を見つめる。


「すごい……」


懐飆は笑い、銃口を胸に押し当てる。


「初めてやろ? うちが助けになるのは」


証はゆっくり立ち上がる。痛みをこらえながらも、瞳には新たな覚悟が宿っていた。


「ああ……初めてや。懐飆が、俺の盾になるなんて」



---


六、再起の狙撃


雨が止み、雲間から月光が射し込む。


「行くで、最後の一撃や」


証は銃を構え、傷ついた肩を引き締める。


ターゲット──設置監視機の前で立ちはだかる狙撃手リーダー。黒いフードに金色の眼鏡。表情はわからない。


「初めて直接、相手の顔を狙う」


証は息を整え、指をかける。


──Crack!


銃声が響き、照準がターゲットのこめかみを捉えた。


黒いフードが倒れ、驚いた目だけが雨に濡れて光る。


「これが……俺の、“証”」


ターゲットは崩れ落ち、設置監視機は振動と共に爆散した。



---


七、たくさんの初めてを胸に


朝焼けが浪速の街を染める。


証は血を拭い、空堀防空壕へ向かう。


扉を開けると、そこには懐飆が待っていた。彼女の目には安堵と誇りが交錯している。


「どうやった?」


「……初めての敗北と、初めての勝利やった」


証は拳を握りしめ、ぬるい朝の空気を胸いっぱいに吸いこんだ。


「たくさんの初めてを学んだ夜やったな」


懐飆が微笑み、そっと肩を叩く。


「これからも、初めては続くで。うちらの戦いは、まだ始まったばかりや」


夜から朝へ、初めて尽くしの戦場を越えた二人が、浪速の新たな伝説を刻み始める。

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