第4話:蛇ノ目の目
浪速の夜に鳴り響いた銃声──それは、新たな抗争の始まりを告げるものだった。
虎墨弦斎──蛇ノ目の幹部、通称“灰衣の虎”。表の顔は清掃事業の大手『クリーン関西』の社長だが、その裏で無数の人間を“処理”してきた裏界の処刑人。
「あれは影武者やったんやろ」
空堀防空壕跡の一角、証はバレルの手入れをしながら口を開いた。夜明け前の冷気が銃身に薄く霜をまとわせている。
「あんなもんに騙されてちゃ、うちら一生本体に届かへんで」
懐飆は缶コーヒーのフタを開けず、指でくるくる回している。
「けど、得たもんもある。あいつら、旧堺ルートをまだ使うてる」
「“通天閣の地下”──って噂のあれか?」
「違う。“目”の場所や。蛇ノ目の“目”ってのは、浪速の監視網やねん」
証の手が止まった。火花のように言葉が散る。
「監視──やと?」
懐飆がポケットから取り出した古いメモ用紙を差し出す。
「浪速一帯に点在する、廃墟、配電室、使用されてへん電車の操車場。そこに監視装置があんねん」
「誰を見とるんや」
「浪速そのものや。裏界で動く人間、組織。銃も金も女も──全部記録されとる。で、その情報をまとめとるのが……」
懐飆がメモを指で叩く。
「“蛇ノ目の目”ってわけや」
証は黙った。沈黙は拒絶ではなく、理解への過程だった。
「そいつを壊せば、蛇ノ目は目ぇを潰されたも同然……か」
「せやけど、そんなん簡単やない」
「やから、おもろい」
懐飆が口角を上げた。証もまた無言で微笑む。
その夜。二人は“旧堺ルート”へと足を踏み入れる。
通天閣の裏手、小さな錆びた鉄扉を開けると、そこには薄暗い廃駅跡。昭和初期に廃線となった路線の一部が、いまだに蛇ノ目の通路として利用されていた。
「……ここから先は、音を立てたら終いや」
証が銃を肩にかけ、グリップを握る。
懐飆も、背中のナイフを静かに抜き、身構えた。
二人は足音を殺し、薄暗いトンネルを進む。時折、天井から滴る水音さえも刃のように鋭い。
50メートル先、赤外線センサー。
「証、右からいけ」
「了解」
懐飆が左に跳ね、証が低く身を沈めて右に移動する。無言の連携。標的ではない、状況そのものを撃ち抜くかのような動き。
──そして、現れた。
監視中枢。蛇ノ目の“目”。
巨大なモニターが十数枚並び、街の映像が流れていた。男が一人、椅子に腰掛け、ゆっくりと立ち上がる。
「ようこそ。ナニワの証人、淀 証……それと、浪乱 懐飆」
静かな声。なのに心臓を抉るような冷たさ。
「虎墨……弦斎やな」
「そう名乗る者もいる」
証がゆっくりとスコープを覗く。だが、弦斎の体には焦点が合わない。
「……おかしい」
「それは“本体”やない。ただの、記録体。君らのための歓迎プログラムや」
弦斎の姿は徐々に歪み、映像のように消えていった。
代わりにスピーカーから低い音声が響く。
「君らは既に“目”に映ってる。逃げ場なんて、ない」
──パンッ!
証が引き金を引いた。だが、モニターは既にノイズを撒き散らし、破壊できない。
「幻像か……!」
「証! 後ろっ!」
懐飆が叫ぶ。背後の天井から吊るされたドローンが一斉に降下。四方から照準を定めてくる。
証は即座に身を翻し、サイレンサー付きスナイパーで一機ずつ撃ち落としていく。
キィィン! キィィン! パスッ!
跳ねる火花、破壊されるセンサー。
懐飆も素早くドローンの間を縫って走り、ナイフを投げ、喉元を正確に斬り裂く。
「数が多すぎる!」
「数なんか関係ない!」
証は歯を食いしばり、ストックを肩に押し当て、連射に近い間隔で精密射撃を繰り返す。
「この銃は兄貴が作ったもんや。こんなとこで壊されたら、兄貴に顔向けできへん!」
数分後──煙とオイルの匂いが漂う中、二人は肩を上下させて息を整えた。
「……“目”は潰した、か?」
「わからへん。せやけど、これで蛇ノ目は本気を出してくる」
証は銃を下ろし、懐飆のほうを見た。
「次は、正面から潰す番や。もう、隠れとる場合ちゃう」
懐飆は静かにうなずいた。
「なら、行こか。浪速の夜を、もう一回……ぶち壊そ」
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