第3話:協定:血で書かれた共闘
浪速中央市場の夜は、熱気の残り香と腐臭とが混ざる独特の空気に包まれていた。
屋上で交錯した二つの銃口は、引かれる寸前で止まり──次の瞬間、同時に逸れた。
「……このまま続けたら、どっちも死ぬわな」
懐飆が銃を降ろし、冷めた視線で証を見る。
証も静かに呼吸を整えながら、相手の動きを観察していた。
「それ、判断早かったな」
「殺すための銃と、生きるための銃は、見りゃわかる。あんたは後者や」
懐飆の言葉には、どこか矛盾があった。
生きるために引き金を引く者が、なぜあれほど鋭く冷たい目をするのか。
証は、まだそこに踏み込むことはしなかった。
「ターゲット、逃げよったな」
「せやな。お互いが撃ち合ってる間に、きれいに車乗って消えたで」
「……利害一致、っちゅうことか」
「一時的な“協定”や。勘違いせんといてな」
懐飆はスッと背を向け、次に狙撃に適した位置へ移動しようとする。
だが証は、その背に向けて言った。
「蛇ノ目《じゃのめ》、あんたも追ってるんか?」
懐飆の足が止まった。
その名を証が出した瞬間、空気が変わる。
「──どこで、その名前を」
「依頼屋が漏らした。ターゲットの背後に蛇ノ目が絡んどるってな。あんたの目、銃の構え、全部がそいつら向いてた」
「……昔、全部壊されたんや」
懐飆が小さく呟いた。「うちの家族も、名前も、全部蛇ノ目に焼かれた」
静寂が訪れる。
ネオンの点滅と風の音だけが、屋上に残された。
証はゆっくりと歩み寄る。
「ほな……うちらは“利害一致”やない。目的が一致しとるだけや」
懐飄は振り返り、笑った。それは皮肉でも挑発でもない、ほとんど素顔に近い笑みだった。
「まるで、正義みたいやな」
「正義なんて、とうに腐っとる。けど──俺の“証”は、腐ってへん」
その夜、浪速の屋上で、銃を持つ二人が手を組んだ。
その瞬間から、単なる裏稼業の少年と女ではなく、「狙撃手」と「暗殺者」の異端コンビが誕生した。
---
翌朝、空堀防空壕跡。
証の隠れ家に、懐飆が訪れた。ゴミ捨て場のような階段を降りるのを嫌そうな顔でしつつも、軽やかな足取りで地下へと入ってくる。
「……予想通り、汚部屋やな」
「人の“戦場”に文句つけんな」
証は工具を広げて銃のパーツを分解していた。
その姿を眺めながら、懐飆は缶コーヒーを差し出す。
「ブラックか微糖か迷ったけど、どっちでもない“中甘”買ってきたった。どや?」
「……それが一番困る」
苦笑しつつも、受け取る証。懐飆はすぐに本題に入る。
「蛇ノ目の情報、持ってる。たぶん次の依頼の相手も、それに繋がってる」
彼女が差し出したファイルには、写真と地図と、謎の記号のメモが綴じられていた。
市場に出入りするルート、倉庫裏の取引場所、そして「あるマーク」が頻繁に現れていた。
「これ……蛇ノ目の“目”か」
写真に映る壁の落書きには、蛇のような模様の中央に瞳が刻まれていた。
まるで都市伝説のような記号。だが、裏界では誰もがそれを恐れていた。
「次のターゲット、名は“虎墨
「……かなりデカい魚やな」
「これ落とせたら、波紋デカいで。浪速が変わるかもしれへん」
「変わるって、“誰にとって”?」
懐飄は数秒沈黙し、ぽつりと答えた。
「……うちら、みたいなもんにとって」
証は頷き、ライフルを再び組み立て始める。
ネジを締める指先に迷いはなかった。
「銃ってのはな、照準を合わせるんがむずいんやなくて、“どこに向けるか”を選ぶんが一番むずい」
「なら、次は蛇ノ目のど真ん中に合わせよか」
「おう。ぶち抜いたる」
屋上で始まった協定は、次の夜に「共闘」として形になる。
そして、それは“血で書かれた契約”だった。
---
その夜、二人は中央市場裏手のビル群に潜伏していた。
ターゲット・虎墨弦斎が来るという情報が、紗霧から流れてきたのだ。
懐飄はビルの非常階段で静かに構えていた。
隣のビルの看板の上、証が姿を見せる。
「風速2.2、東から」
「了解。視界、6秒先に乱れあり。煙突の蒸気、通ったら撃てへん」
互いに何も言わなくても、的確に情報を共有する。
もう、コンビとして成立していた。
そして、ターゲットが現れた。
「確認。黒スーツ、背広の紋章“蛇ノ目”。歩き方とガードの数で特定完了──虎墨弦斎、確定」
「風、止まった。……今や」
二発の銃声が、夜を貫いた。
──Crack!
──Ping!
虎墨の護衛の一人が倒れ、もう一発は虎墨の耳元をかすめた。
だが──虎墨は倒れなかった。
「くそっ、フェイクか! あれは影武者や!」
懐飆が叫ぶと同時に、屋上に火花が散った。
「狙撃手がおる! 囲まれてる!」
数秒後、遠くのビルから光が閃く。
別の狙撃手が、二人を狙っていた。
「……挟まれてる! 逃げるで!」
「……いや」
証は伏せながら呟く。
「この場で、“証”を残す」
懐飆が笑った。
「ほな、うちも一緒に“風”を起こしたるわ」
浪速の夜に、銃声が響く。
その音が、誰かにとっての希望となるか、ただの破滅か。
それでも──
二人の照準は、同じ方向を向いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます