休眠メガネ
パ・ラー・アブラハティ
おやすみメガネ
世界は嫌なことばっかで溢れていて、素直に生きる方が馬鹿らしく思えてしまう。素直に生きたとしても、誰かに利用されたりして嫌な思いをする。痛い目だって見るかもしれない。
だから、僕は素直に生きないでひねくれて生きてきた。必然と人は離れていったけど、それでも利用されたり痛い目を見るよりかはマシだと信じていた。
この瞳には色メガネがかかっていて、もう素直な心なんて何処にもない。
なのに、どうして君という人物はこんな僕にずっと構ってくるのだ。いつも、いつも、仔犬のように付き纏ってきて邪険にして突き放しているのに、何故明るく毎日話しかけて来れるんだ。
「ねえ、聞いてる? ん〜、聞いてそうだね」
雲が橙色に染まった夕暮れの時間、君が顔を覗き込んで話を全く聞いていない僕を見る。邪険そうな顔をしてそっぽを向いているのに、まだまだ話を続ける。
話なんて一つも聞いていないのに、勝手に聞いてる判定にしてきて迷惑でしかない。こんな人間は利用されて痛い目を見るのがオチだ。僕は分かっている。世界の全てを疑っていない真っ直ぐな瞳は常に僕を捉えている。
家族連れが横を通り過ぎた時、君は振り返って僕を見る。
「家族っていいよねえ」
「どこが?」
「どこがって、君にも家族はいるでしょ!」
「いるけど、羨ましいとはならない」
「はぁ……全くもう! ほら、ちょっとこっちに来て!」
僕は強引に手を引っ張られて、人気の無くなった草木が無法に生えてきっている公園に連れられる。
ドンッと、強引にベンチに座らされて君は僕を上から見下ろす。
「君はあまりにもひねくれすぎている!」
指を差して今に始まったことじゃないことを言い出す。僕がひねくれているなんてずっと前に分かっていたことだろうに。
「そんなの前から分かっていただろう」
「うるさいっ!」
君の怒号は木を揺らして、羽を休めていた鳥たちはざわめきながら逃げるように空へ飛び立つ。僕もあまりの気迫に気圧されてしまい、出かかっていた言葉は萎んで消えていく。
「もっと世界を広く見なよ! こんなにも広くて美しい世界をどうしてそんな狭く見てるのさ!」
「いやだって……どうせ利用されて終わりだしさ……それなら色メガネを付けてた方が楽だし」
「利用されたことも無いくせに一丁前に語るなこのアホ!」
「あ、アホ!? 今、アホって言った!?」
「ええ、言いましたよ! この色眼鏡バカアホマヌケ!」
「……そ、そんなに言わなくても」
「君がひねくれているなら殴ってでも直すしかない!」
君の言葉の嵐は取らない。暴風の如く吹き荒れ、僕の中にあった、色々なわだかまり全てを喰らい尽くそうとしている。必死に抗うけど、人間のちっぽけな力は嵐の前には無力だった。
「今日から、その色メガネを置く! 休眠させて! そして、君がでかくなってまだ汚いと思うならかけていいよ!」
「え、ええ……」
「返事ははい!」
「は、はい!」
僕は鬼神のごとき圧に負けて、瞳にかけていた色メガネを休眠させることになった。
「よろしい、じゃあ行くよ休眠メガネ君」
「お、おい酷いあだ名付けないでくれよ」
僕が色メガネをかけなくなって、君と結婚するのはまた別のお話。
休眠メガネ パ・ラー・アブラハティ @ra-yu482
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