第4話

 あれから一週間。

 俺は、日雇いの雑用バイトでなんとか食いつなぐ、しがない異世界フリーターになっていた。


 今日のバイト先は、王都でも一際大きく、荘厳な「王立魔法学院」。

 なんでも、数年に一度の宮廷魔法使い登用試験が行われるらしく、その会場準備と後片付けが俺の仕事だ。


「はぁ……俺には一生縁のない世界だな」


 大理石の床をモップで拭きながら、俺はため息をついた。

 

 会場には、いかにもエリートです、といった雰囲気の受験者たちが集まっている。

 高そうなローブを身に纏い、魔力の宿った杖を手に、皆一様に緊張した面持ちだ。


 試験が始まり、俺は壁際で待機しながら、その様子をぼんやりと眺めていた。

 岩の的を破壊したり、水を意のままに操ったり……まさにファンタジーの世界だ。


 その中でも、ひときわ目を引く少女がいた。


 燃えるような真紅の髪を、高い位置でポニーテールに揺らしている。

 勝ち気そうな大きな瞳に、スッと通った鼻筋。


 自信に満ち溢れたその表情は、彼女が自分の才能に絶対の自信を持っていることを示していた。

 魔法学院指定の地味なローブを着ているというのに、その存在感は圧倒的だ。


 何より、そのローブの下に隠されたモノが、とんでもなかった。

 体にフィットした白いシャツが、ローブの隙間からちらりと見えるのだが、その胸部が……異常に膨らんでいる。

 どう見ても、育ちすぎだ。

 あれは……間違いなく俺の大好きなやつだ!


「受験番号七番、エリシア・フレイムハート! 始めなさい!」


 試験官の声に、彼女――エリシアは、こくりと頷いた。

 彼女がすっと右手を前に突き出すと、周囲の空気が揺らめき、魔力が彼女の小さな手に収束していくのが肌で感じられた。


「――燃え盛る煉獄の息吹よ、我が呼び声に応え、灰燼と化せ! “フレア・インフェルノ”ッ!」


 詠唱と共に放たれたのは、もはや魔法というより災害だった。


 ゴオオオオオオッ!


 灼熱の風が俺の頬を舐め、髪がチリチリと焼ける匂いが鼻をつく。

 彼女の手から放たれた炎の渦は、一瞬で的を飲み込み、勢いを失うことなく試験会場の壁や天井に燃え移った。


 試験官たちの悲鳴も虚しく、会場は一瞬にして火の海と化した。

 轟音、悲鳴、熱気。

 受験者たちはパニックになり、我先にと狭い出口に殺到する。


「うわああああ! 死ぬ! また死ぬのか俺は!?」


 俺も恐怖で足がすくむ。冗談じゃない。

 トラックに轢かれて死んだと思ったら、今度は焼死とか、どんなクソゲーだよ!


 だが、その時、俺の目に信じられない光景が映った。


 炎の中心で、あの赤髪の少女――エリシアが、たった一人で立ち尽くしている。

 逃げ遅れたのだ。 周囲から迫る炎に、彼女はどうすることもできず、悔しさと恐怖が入り混じった表情で、ぐっと唇を噛みしめていた。

 その潤んだ瞳が、俺の心を鷲掴みにした。


(クソッ……!)


 俺は会場の隅に、消火用のでかい水桶がいくつも置かれているのを発見した。

 

「これだッ!」


 俺は全力で駆け寄り、満タンの水が入ったクソ重い水桶を、アドレナリン全開で持ち上げた。


「うおおおおおおおおッ!」


 雄叫びを上げ、炎の壁に向かって水をぶちまける!

 ジュワアアアアアッ!と激しい音を立てて水蒸気が立ち上り、一瞬だけ炎の勢いが弱まる。


「まだだ!」


 俺は何度も、何度も水桶を往復させた。

 腕はちぎれそうに痛いし、全身汗まみれだ。


 だが、目の前で女の子が困っているんだ。

 ここで何もしないなんて、男じゃねえ!


 何往復しただろうか。

 俺の捨て身の消火活動で、エリシアへの道がわずかに開けた。


「こっちだ!」


 俺は炎の中に飛び込み、彼女の手を掴んだ。


 熱い! 柔らかい!


 彼女の手から伝わる熱と感触にドキリとしながらも、俺は無我夢中で彼女を引っ張り、安全な場所まで走り抜けた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ぜぇ……ぜぇ……」


 二人して壁に手をつき、肩で息をする。


 助かった……。

 なんとか、なった……。


 俺が安堵の息をつきながら、隣のエリシアに目を向けた瞬間――俺は、息を呑んだ。


 彼女の着ていた白い服は、炎の熱気と運動でかいたびっしょりの汗で、完全に肌に張り付いていた。

 薄い布地は、その下の素肌の色を隠すことなく、まるで濡れた和紙のように半透明になっている。

 豊満な双丘の丸み、谷間の深い影、そして……布地が張り付いたその先端で、二つの小さな突起が、恥ずかしそうに、しかし確かにその存在を主張している。


「……っ」


 俺はゴクリと喉を鳴らした。汗の雫が、彼女の首筋を伝い、透けた胸元へと流れ落ちていく。

 その光景は、あまりにも扇情的で、俺の視線を釘付けにした。


 俺は自分の理性が焼き切れる前に、慌てて着ていたバイト用のジャケットを脱いだ。


「こ、これ、着とけよ」


 ぶっきらぼうに、だが、できるだけ優しく。

 俺は彼女の華奢な肩に、そっとジャケットをかけた。


「え……?」


 エリシアはハッとして、俺の顔を見た。

 自分を助けてくれたこと。

 そして、自分のこんなにも恥ずかしい姿を、さりげなく隠してくれたこと。


 その意味を理解した瞬間、彼女の勝ち気な瞳が、大きく見開かれた。


 ドキッ、と。彼女の心臓が、大きく鳴ったのが聞こえたような気がした。

 いつもは自信に満ち溢れているであろうその頬が、ほんのりと朱色に染まっていく。


「あ……ありがとう……。あの、あんた、名前は……?」


 上目遣いで、か細い声で尋ねてくる彼女は、さっきまでの自信家な姿とはまるで別人だった。

 そのギャップに、今度は俺の心臓がうるさく鳴り始める。


 俺の異世界ハーレムライフは、まだ始まってもいないと思っていたが、どうやら、今、静かに幕を開けたのかもしれない。

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