第5話

 翌日、俺がいつものように王立魔法学院で床掃除のバイトをしていると、背後から声をかけられた。


「――見つけたわよ、ソウマ」


 振り返ると、そこにいたのはエリシアだった。


 昨日の試験用ローブとは違う。

 今日は、胸元が少し大胆に開いた白いブラウスに、ふわりと広がる赤いフレアスカートという、およそ貴族のお嬢様といった出で立ちだ。

 

 燃えるような真紅の髪も、今日は下ろしていて、風に揺れるたびに甘い香りが俺の鼻をくすぐる。

 その姿は、昨日とはまた違った破壊力で、俺の童貞心を直撃した。


「昨日の……お礼をさせてほしいの」


 そう言うと、彼女は俺の腕をぐいっと掴んだ。

 柔らかい。ヤバい。

 腕に、彼女の豊満な胸が当たってる!


「ちょ、バイト中なんで……」

「そんなの、私があとで口利きしてあげるわ! いいから、ついてきなさい!」


 半ば強引に、俺はエリシアに連れられて王都の街へと繰り出すことになった。

 これが、俗に言う「デート」というやつなのだろうか……?


「まずは、あなたのそのみすぼらしい格好をなんとかしないとね!」


 彼女に連れてこられたのは、いかにも高級そうなブティックだった。

 きらびやかな内装に、俺は完全に気圧されている。


「あなたにはこういう白系のシャツが映えるわ。こっちの黒いパンツも……うん、似合いそうね!」


 エリシアは、俺そっちのけで楽しそうに服を選んでいく。

 その姿は、まるで彼氏の服を選ぶ彼女のようだ。


 ……いや、単なる俺の妄想か。


「はい、これとこれ! とりあえず試着してみて!」


 山のような服を渡され、俺は試着室へと押し込まれた。

 慣れない洒落た服に悪戦苦闘していると、しびれを切らしたエリシアが「もう、貸してごらんなさい!」と、ずかずかと狭い試着室に入ってきた。


「ちょ、エリシアさん!?」

「いいから、じっとしてて!」


 狭い空間に、美少女と二人きり。

 

 彼女の甘い体温と、花のようないい匂いが、俺の理性をゴリゴリと削っていく。

 エリシアは、俺の目の前で屈み、シャツのボタンを留め始めた。


 その時だった。


「んー、こっちのボタンの方が、デザインがいいかしら?」


 彼女が、俺の胸元を覗き込むように、ぐっと前かがみになったのだ。

 

 大胆に開いたブラウスの襟元から、昨日見た以上の光景が、俺の眼前に広がる。

 重力に従って、たわわに実った二つの果実が、今にもこぼれ落ちそうだ。

 

 深い、深い谷間が、俺を奈落へと誘っている。

 きめ細やかな白い肌、柔らかそうな質感……。


「……っ!」


 俺は慌てて顔を背けた。

 これ以上見たら、俺の中の何かが暴発する!


 すると、エリシアは顔を上げ、俺の耳元でいたずらっぽく囁いた。


「ふふ、恥ずかしがらなくていいのよ?  昨日はもっとすごいの、見られちゃったんだから。……ね?」


 その吐息に、俺の身体はビクンと跳ねた。


 ◇


 結局、俺はエリシアに全身コーディネートされ、服まで買ってもらうという、完全なヒモ状態になってしまった。

 断ったのだが、「これは私のためでもあるの! あなたには、格好良くなってもらわないと困るんだから!」と押し切られてしまったのだ。


「ちょっと疲れたわね。私の部屋、ここから近いんだけど……寄っていかない? お茶くらい、ごちそうするわ」


 ごく自然な流れで、俺はエリシアの部屋に招かれていた。

 彼女の部屋は、可愛らしい家具が置かれた女の子らしい部屋だったが、その一方で、本棚には難しそうな魔導書がぎっしりと並び、テーブルの上には怪しげな実験器具が散らかっている。


「そこ、座ってて。ちょっと楽な格好に着替えるから」


 エリシアはそう言うと、クローゼットの方へと向かった。

 俺は言われた通りソファに座ったが、意識は彼女の一挙手一投足に集中してしまう。


(見るな、見るなよ俺……!)


 心の中で念仏のように唱えるが、視界の端に、彼女の姿が映り込んでしまう。

 彼女がスカートを脱ぎ、ブラウスを脱ぎ……そして、少し大人びた黒いレースのブラジャーとショーツ姿になるのが、見えてしまった。


(うおお……黒……!)


 白い肌に、黒いレースのコントラストが目に毒すぎる。

 俺がその破壊力に我を失っていると、不意にエリシアがこちらを振り返った。


「どうかしたの、ソウマ? そんなにじっと見つめて……」


 彼女の潤んだ瞳と、俺の目が、真正面から交錯した。

 極度の緊張と、溜まりに溜まった性的興奮が、俺の脳内でショートする。


(もっと……もっと見たい……!)


 意図しない心の声が、引き金になった。

 ズキンッ! と、あの時と同じ衝撃が脳を貫く。


 エリシアの瞳が一瞬だけ妖しく輝き、ふっと表情が抜け落ちる。

 彼女は手にしていたワンピースを、はらり、と床に落とした。


 黒いレースのランジェリー姿のまま、彼女はゆっくりと俺の方へと歩み寄ってくる。

 

 豊かな胸をかろうじて支えるブラジャー。

 きゅっとくびれたウエスト。

 

 そして、丸みを帯びたヒップを艶かしく包み込む、揃いのショーツ。

 その完璧すぎるボディラインが、惜しげもなく俺の前に晒されている。


「……ご主人様」


 彼女は、ソファに座る俺の膝の上に、ためらいなく腰を下ろした。


「私のこと、もっと見てください」


 甘く、とろけるような声で囁きながら、エリシアは俺の首に腕を回し、その柔らかすぎる身体をぎゅっと押し付けてくる。

 服越しに、彼女の胸の信じられないほどの弾力と温もりが、ダイレクトに伝わってきた。


「あ……あ……」


 最高のシチュエーションだ。

 童貞の俺が、生涯をかけて夢見てきた展開そのものだ。


 でも、違う! 俺は、こんなことを望んじゃいない!


 俺は、罪悪感と興奮でぐちゃぐちゃになった頭で、必死に叫んだ。


「や、やめてください!  服を着て! 普通にしていてくださいッ!」


 俺の悲痛な叫びに、エリシアの身体がピクリと反応する。

 彼女の瞳から虚ろな光が消え、いつもの勝ち気な光が戻ってきた。


「……あれ?」


 エリシアは、自分が下着姿で俺の膝の上に乗り、ぴったりと抱きついているという現状を認識する。


 しかし、彼女は恐怖に震えることはなかった。

 それどころか、顔を真っ赤にしながらも、どこか満足げな、とろりとした表情で俺を見つめている。


「……なんだか、不思議ね。あなたの前だと、すごく積極的になれた気がするわ」


 彼女は恥ずかしそうに俺から離れると、床に落ちたワンピースを拾い上げた。

 そして、悪戯っぽく、こう微笑んだのだ。


「……見られちゃったついでだし、よかったら……最後まで、着替えさせてくれないかしら?」


 その小悪魔的な誘惑に、俺はもう、首を縦に振ることしかできなかった。

 どうやら俺の異世界ライフは、俺の意思とは無関係に、とんでもない方向へと突き進んでいくらしい。

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